二十一片目:Green daemon


良い匂いがして目が覚めた。

 

 

寝っ転がったままで首だけを動かすと、飯を作ってるらしいヴォルが見えた。

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

目元を擦りながらそう言うと、彼は振り向いて

 

「おはよう、サクラ。よく眠れたか」

 

と、笑顔を見せてくれた。

 

そしたら自然と口元が緩んで、俺はそのまま頷く。

 

 

 

 

 

起きたばっかりだからかちょっと肌寒い。

 

そういえば料理する前に放り投げて以来そのまま放置しちゃってたんだっけ、パーカー。

 

 

 

辺りを見回すと、椅子の上にあるのが分かった。

 

…おや、畳まれてる。

 

ヴォルがしてくれたんだろうか。

 

 

パーカーに腕を通しながら、ヴォルって絶対良い嫁さんになるんだろうなー、なんて思った。

 

それと同時に、昨日結婚しようかって言った時のヴォルの反応を思い出して…

 

…謎の優越感に思わずにやけてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、サクラ。さっきルピナスが此処に来てな」

 

トーストにマーガリンを塗りながら、ヴォルが思い出したように口を開く。

 

「ルピナスぱいせんが?!」

 

「ぱいせん??」

 

 

おっといけね。

 

 

「何でもない。で、どうしたの」

 

「大事な話があるから、8時に会議用車両に来て欲しい、との事だ」

 

「ん、了解」

 

 

今は7時だし、まだ時間には余裕あるな。のんびり食べましょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

レタスやらトマトやら卵やら具材をトーストの上に乗せて、

もう一枚のトーストでそれらを挟もうとしたら。

 

 

「こら。ピーマンを忘れてるぞ」

 

 

…ヴォルに緑の悪魔を追加されてしまいましたー!!!

 

 

「ば、バレた?」

 

「あからさまに避けられているのに、気付かないと思う方がおかしい」

 

「デスヨネ」

 

 

とほほ…手厳しい…。

 

 

「ちゃんと全部食べたら一つだけ言う事聞いてやるかr「食べます」現金だなあ」

 

「何とでも言えー!前言撤回とかさせませんからね!」

 

「はいはい」

 

 

めちゃくちゃ呆れられてるけど僕はめげないっ!

 

思い切ってピーマン入りのホットサンドに噛り付きました!

 

 

わーい美味しー!緑の悪魔じゃなくて緑の天使だよもー!

 

 

 

 

 

 

「う"ぇぇ」

 

 

はい暗示かけても無理でした苦いよう不味いよう…

他の具材で誤魔化せると思ったけどやたら意識しちゃって味覚がピーマンに支配されてるよう…。

 

 

「早く飲み込まないといつまで経っても味わう羽目になるぞ」

 

「ふぉれふぁふぇひふぁらふほーしふぁいふぉ!!(訳:それが出来たら苦労しないよ!!)」

 

 

嫌いな物とか不味い物食べた時って、何故か中々飲み込めないんだよね。

体が体内に取り入れるのを拒絶してんのかね。つらいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぶへぁ」

 

 

っしゃあなんとか飲み込めた!!

空気がとても新鮮に思える!すーはー!

 

 

「えらいえらい。残りもしっかり食べるんだぞ」

 

 

ハッ…そうだ。今のはたったの一口。

つまりこの地獄はまだまだ終わらない…ッ!!

 

 

「ザッと見積もった所あと5口といった所だな」

 

「ヒッ…!?5回もこの苦しみを味わうというのか…俺は前世でどんな罪を犯したというんだ…」

 

「終わった魂は終着点に来るのだから、前世なんてものはないと思うが」

 

「でええぇい!今はマジレスなんて求めてないの!冗談なの!」

 

「知ってる」

 

「知ってんのかい」

 

 

ちくしょー!!こうなったらヤケだ!!

 

 

と思いながら口を開けた時、ヴォルが言った。

 

「まあ、ピーマンは今後出さないから今回は我慢してくれ」

 

 

 

 

えっ。

 

 

 

「本当ですか」

 

神にすがる思いで訊ねると、ヴォルは頷いた。

 

「作った物をここまで嫌そうに食べられるとな。

 やっぱり美味しそうに食べて貰う方が気分が良い」

 

あ"…罪悪感であの世に逝ける気がした今。いや、絶賛あの世に居るんだけど。

 

「すまない、嫌いな物を食べる時の苦痛というものが分からないんだ。

 ピーマンは健康に良いから食べて欲しかったんだが……無理そうなら、残しても良いからな」

 

 

目を伏せて悲しそうにそう言われた途端、俺の中で何かが弾けた。

 

 

「何を言うか!食べますよ俺は!なんせ愛するヴォルの手料理なんですからな!!

 愛 す る ! ! ヴ ォ ル の ! ! 」

 

「あ、愛…って」

 

「いたーだきますっ!!」

 

 

 

 

わーいヴォル可愛い。

 

真っ赤になってそわそわしながらコーヒーに砂糖ザバザバ入れてる可愛い。

 

でもこれ昨日の火力MAX事件みたいに意図せずやっちゃってるんだろうなーきっと。

 

 

あ。

 

案の定、口つけた途端にむせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルの観察してたらいつの間にか食べ終わってました。

 

色んな意味でお腹いっぱい。

 

 

「ご馳走様でした!」

 

 

合掌したのは、丁度ヴォルが

コーヒー(砂糖溶けきれてないだろうから多分すごくジャリジャリしてる)

ゴミ箱の中にinした時だった。

 

あのゴミ箱不思議な作りになってるみたいで、中の物が一定時間経つと消えるんだよね。

何処にいくかは知らないんだけどさ。ヴォルの発明品なのかな。

 

 

…考え事はさておき。

 

 

ヴォルがこっちを見てる。

まるで赤ん坊が初めて言葉喋った時の親みたいなキラキラした目で。

 

 

あーあ、嬉しそうな顔しちゃってさー。

こんなのもっと喜ばせたくなっちゃうじゃない。

 

 

「普通にピーマン出しても良いからな、今後も」

 

「克服したのか」

 

「いやあ、ヴォルの事見てたら食べられるって判明したんだよね!」

 

 

この一言が、悲劇を呼んだ。

 

 

「じゃあ、ピーマンを出せばサクラは俺の事を見てくれる、と」

 

 

そうじゃなくても見るけどね…………………………

 

……いや待てなんか良からぬ事を企んでる気がするんだけど?

 

 

「今夜はピーマンフルコースでいこう」

 

 

あっはっはヴォルって天然鬼畜っ子〜!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で泣いてると、彼はそういえば、と呟いて俺の隣に正座した。

 

ちらちらこっち見るだけで、何も言わない。

恥ずかしいからだろう。

 

その理由は分かる……ズバリ!

 

 

全部食べたら何でも言う事一つ聞くっていう約束があったからだ!

 

 

「ねね、俺のお願い聞いてくれる?」

 

 

早速訊ねると、ヴォルは頷いた。

 

だから遠慮なく、俺はあの言葉を聞いた瞬間に決めた内容を口にする。

 

 

「じゃあ、いっぱい好きって言って!それも、気持ち込めたやつ!」

 

 

ひゃわ?!肩掴まれた!!

 

「え、えっと…ヴォル…?」

 

ってちょちょちょ近い近い顔が近い何でそんな急にこここここれはもしかしてキキキキキキスされてしまう感じですかね待ってよまだ朝ですよ朝っぱらからこんなこんな、ひゃーーー!!!

 

脳内大パニックで思わず目を瞑ると、頬を舐められる感触があった。

 

 

「ぇ」

 

 

多分今の俺はとてもきょとんとしてる事でしょう。

 

そして真っ赤になってる事でしょう。

 

 

「いや、マヨネーズが付いていたから取ろうと思って」

 

「ア、ハイ…アリガトウゴザイマシタ…」

 

「何故棒読みになったんだ。可愛いな」

 

 

なんっっっでぇ?!

普段可愛い癖になんっっっで急にイケメンさ発揮してくるのぉ?!好き!!

しれっと可愛いって言われたけど許しちゃうレベル!!

 

 

「サクラ」

 

 

ヴォルが、腕を広げて俺を呼んだ。

 

正座を崩して、体育座りの足開いた版みたいな感じで座りながら。

 

 

 

 

 

 

思い切って抱き着いたら、彼は優しく抱き締めてくれた。

 

 

はわー…癒されるというかホッとするというか…何だろうこの気持ち…!

 

 

「好きだ」

 

 

こrrrrrrrrrrrっら耳元で言わないでよ照れるやばい心臓痛い!!!

 

ヴォルの低音にビビる事はあったけど、トキめいたのは初めてな気がする…あわわ…!

 

 

「好き」

 

 

あっいっけなーいこのままじゃダメになりそう俺はもしかしなくてもとても恥ずかしい事をお願いしたのではないだろうかどうしようでもすっげー嬉しいから何の問題もなーい!!

 

「だ、大丈夫かサクラ」

 

「らいじょーぶれす!」

 

「舌回ってないぞ」

 

不可抗力だよぉ!!!!

 

「…こほん。えっと、本当に大丈夫なので、あの、続けて下さい」

 

「そうか。分かった」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“好き”って言われる度に、心がふわっとする気がする。

 

あとあと、優しい声だなあって思ったし、ぎゅーってしてるからあったかい。

 

ヴォルって包容力あるんだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「はふー…」

 

「今日のサクラはやたら可愛い。困る」

 

「可愛い言うな馬鹿…ヴォル大好き」

 

「俺も、大好きだ」

 

「んっふふ…もっと言ってー好きって言ってー」

 

 

呆れた様に嬉しそうにくすくす笑いながら、はいはい、って返事して、

ヴォルが俺の背中をぽんぽんと優しく叩いてくる。

 

これは…甘やかされてるというよりはあやされているのではなかろうか?!

 

 

でも今まで言われなかった分の反動なのか分かんないけど、

ヴォルがちゃんと応えてくれる事も相まって、甘えるモードになっちゃってる今の俺には

そんな事は些細なものなのだ~~!存分に甘えるんじゃ~~!

 

 

し か し 。

 

 

「8時過ぎてるから呼びに来たよ〜n「緑の悪魔めぇぇぇぇぇえ"!!!!!」

 

 

「緑の悪魔?!コートの色の事?!てかちょっと待ってよ僕悪くないよね?!

 悪くないよねえ?!?!」

「確かに悪くはないんだけどごめんな今すごく良いところだったんだよ

 だから俺は気が済むまですずろ兄ちゃんを殴り続けるオラァーーーー!!!」

「ぎゃあーーーーーー!!!!!助けて誰かぁああああああああ"!!!!!」

 

 

ポカポカとすずろ兄ちゃんを殴りながら、

さっきの自分の骨抜き具合を思い出して顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなって、

ヴォルが微笑ましそうにニコニコしながらこっち見てるし、あ、え、もうあの、

脳の処理が追い付かな……いつの間にか視界ぼやけてるやばーい!!!

 

 

「ちょええ?!サクラが泣くの?!泣きたいのは僕の方なんだけどあいてててててて!!

「うえーーーん!!!うわーーーん!!!」

 

 

申し訳ないけど、こんな調子で暫くすずろ兄ちゃんを殴った。