二十片目:I wanted…


今、何時だろ。

 

いや、電気点けて時計見ろよって話なのは自分でも分かってます。

 

 

でも起き上がろうとしたらヴォルが俺の服掴んでるのに気付いちゃってね。

 

良心痛むから無理矢理剥がすのは嫌だし、起こすのも可哀想だし…って事で、

今ボーッとヴォルが起きるまで待ってる訳。

 

 

本音を言うとくっついていたいんですてへへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝ても覚めても灯りがなけりゃ真っ暗闇だなあ、終着点。

電車の外は発光した死者(夜道の街灯的な)で割と明るいんだけどな。

 

ずっと夜みたいなもんだし、時計ないと冗談抜きで生活リズムグッシャグシャになる気がする。

 

 

 

 

 

 

……まあそれはさておき、昨日の事を思い返してみるか。

 

起きてからまだ一日過ぎてすらいないのに、色々あったからね。

 

落ち着いてる今、こういう時間取るのも大事かなって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様の大騒動に巻き込まれたんだって事を知ったり、

 

もう会えないと思ってた人達と再会したり、

 

ヴォルと恋人になったり。

 

 

 

半日ちょっとで詰め込まれ過ぎじゃないかってくらいの密度と濃度だよな

って思わない事はないし、正直めまぐるしい。

 

 

 

だけど、嫌だとは思わない。

あの一ヵ月もなかった旅を含め、充実してる気がしてる。

幼少期の森林大火災以降は平々凡々な毎日だったから、仕方ないっちゃ仕方ないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

…うん、そう。普通だった。

 

普通が一番楽に決まってるし、波風立たない日々に感謝を覚えないとは言わない。

 

 

 

 

でも何処か辛かった。

 

 

 

 

 

つまらなかったんじゃなくて、辛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんもじーちゃんも、中々帰って来てくれなかったからさ。

 

 

 

母さんは、サクラは私の息子だから全費用負担するって言って、毎日遅くまで働いてくれた。

 

要はシングルマザーみたいなもんだ。

 

 

成長期真っ盛りの、しかも男を一人で育てるなんて。

わざわざ大変な道を選ぶ必要なんて無いのにな。

 

 

張り切ってたから、止めるのもどうなんだろうと思って、甘える事にしたんだけど。

 

 

 

 

 

じーちゃんは研究所の所長だから当然忙しい。大学の教授もしてたみたいだし。

 

 

三食作ってくれたけど、作り置きがほとんどだった。

 

 

たまに家で見かける事はあったけど、パソコンに向かってるか新聞読んでるかの二択で、

しかも難しそうな顔してるから声掛けにくくってな。

 

前者は仕事だったろうけど、事情を知ってる今、

後者はすずろ兄ちゃんに関する記事探しだったんじゃないかなって思う。

 

 

 

 

 

時間が経つにつれて、それが当たり前になって、寂しいなんて言える時期は過ぎてって。

 

 

 

 

 

赤の他人の俺を家族だって迎え入れてくれて、至れり尽くせりだからさ。

 

貰ってばかりで何も返せてないからさ。

 

 

 

 

寂しい、なんて我儘言えなかった。

 

 

 

 

こんな事言ったら二人共悲しむだろうし、口が裂けても言えない。

 

 

 

だから、一生秘密。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛情注いで貰ってたのは分かってたし、受け止めてたつもりでいる。

 

 

 

なのに俺は寂しかった。

 

 

満たされなかった。

 

 

 

それはとても最低な事に思えた。

 

 

 

申し訳無くて。

 

 

でもどうしようもなくて。

 

 

 

 

こんなに尽くして貰ってるのに、これ以上どうして貰えば俺は満足するんだろう。

 

 

 

 

心の何処かでそう思いながら生きてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルの寝言を聞く前までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

“好き”って言葉を聞いた瞬間、何かで満たされた気がした。

 

ああ、俺が欲しかったのは“言葉”だったんだなって、ようやく気付いた。

 

 

 

 

言葉だけじゃ満足出来ないって人がいる。

 

でも俺の場合、逆だったんだろう。

 

それで、いくら“行動”で示されても満足出来なかったんだろう。

 

たった一言でも“言葉”が…“言葉”による愛情が、欲しかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

だからこそ“好き”って言って貰えた事が、途方もなく嬉しくて。

 

 

 

 

 

 

 

幸せって、こういう事なんだ。

 

 

 

 

 

 

そう思ったら、ヴォルの気持ちに応えたい、って答えがすんなり出て、今に至る訳なんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…さーて、考え事はここまでにしとこう。なんか眠くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一眠りする為にヴォルの腕の中にお邪魔して、目を閉じる。

誰かと一緒に寝るのは初めてだって言ってたけど、そういえば俺もそうだ。

 

 

 

なんか、安心する。

それにあったかい。

 

心も体もあったかいってのは、まさにこの事なんだろうな。

 

 

 

 

ヴォルもそうなら良いな、って思った。

良い夢見てれば良いな、って思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せだなあ、って、思った。