俺が居た車両を出た次の車両には、
作戦で使うっぽいトラップみたいなものがズラッと並んでいた。
それを踏まない様に気を付けつつ、先に進む。
その次の車両には、沢山の本が地面に積まれていた。
ふと長椅子に目をやると、毛布の塊が。
紛れもなく誰かが中に入ってる感じの膨らみだし、これは間違いない。
毛布を掴んで、一思いに取っ払う。
案の定ヴォルが居た。
でも彼は、こっちを向かなかった。
座席の背もたれに顔を押し付けて、微動だにしない。
「ヴォル」
声を掛けても、反応無し。
突っ立ってるのもあれなので、彼の頭の近くに座る。
手持ち無沙汰で、地面に置いてある本の内の一つを手に取ってみたけど、
知らない文字だったからさっぱり読めない。
諦めてヴォルのアホ毛をちょいちょいと弄る。
彼はやがて口を開いた。
「何故来た」
そりゃ、お前が俺の発言で明らかにショック受けた様に思えたからとしか。
と思ったけど留めた。こんな事言ったら火に油だし。
ヴォルはまた黙る。
でもただの沈黙じゃなくて、何か言いたそうな…言葉を探してる様な気がする。
待っていると、彼は小さく溜息を吐いて呟いた。
「…本当、馬鹿みたいだ」
それから、微かに震える声でぽつりと。
「俺の事、嫌いになっただろう」
と、口にした。
何言ってるのこの子は。
これっぽっちも嫌いになんてなっちゃいないのに。
とはいえそう思うに至った理由が当然あるだろうから、
考えても分からない以上、聞いてみるに限ると結論が出た。
「なんで、そう思うんだ」
するとヴォルは三度目の沈黙の後、思い切った様に早口でまくしたててきた。
「サクラがすずろと仲良くなったのが嫌だった。
サクラに一番の友達がいると分かってそれが自分じゃない事が悔しかった。
それで子供みたいに逃げ出した……
……理由なんて、これだけで十分だろう」
それってつまり。
…仲の良い奴はこれまでに多数居た。
でもここまで想われる事なんて、無い経験だった。
重くない、と言ったら嘘になる。
けどその重さを、嫌だとは思わなかった。
むしろ…嬉しかった。
だから俺は言う。
正直に正直を返すつもりで、恥ずかしさをかなぐり捨てて。
「ヴォルが思ってる以上に、俺はお前の事が好きだよ。
ちょっとやそっとじゃ嫌いになんてならねえさ」
彼はここでようやく俺を見た。
パチクリさせた瞼の動きに合わせて、目に溜まっていた涙が頬を伝っていく。
泣かせてしまったという罪悪感が、胸をちくりと刺した。
「……ごめん」
思わず謝ると、ヴォルは小さく首を横に振って言った。
「サクラは、悪くない」
眼鏡を外し、袖で目元を拭う彼に、伝える。
「桜はさ、俺が村に住んでた時にできた、初めての友達だったんだ。
一番っていうのは、一番最初の、って意味だったんだよ。
誤解生む言い方して、悪かった」
喜びに気を取られて、配慮が全然足りて無かった。
ここまで俺の事を想ってくれてると知らなかったとはいえ、失言した事には変わりない。
馬鹿なのは、俺の方だ。
そう思ったから。
「もうお前を悲しませる様な事は、しないよ」
自分への戒めのつもりで、そう断言した。
するとヴォルは、少し身動ぎしながら。
「むず痒い台詞をよくもまあさらりと…」
「むず痒いとは失礼な!!俺なりの最大限の気遣いだったんですが?!」
「知ってる」
「知ってんのかい」
やれやれ。まあ結果オーライ。
すずろ兄ちゃんやルピナスが心配してるかも知れないし、元の場所に戻らないとな。
ふと来た道を見る。
ドアに付いてる窓越しに、二人がこっちを見ていた。
…なんかにやにやしてる。
しかも、お構いなく〜みたいに手振られた。
何なのさ。
そんな二人に気付く事なく、ヴォルは変わらず寝転んだまま言った。
「サクラ。椅子に乗せているせいで頭が痛い」
「じゃあ起き上がったら良いのでは」
「空気を読め」
え、ええーーー…。
「枕でも探して来るか?」
「そんな事しなくても此処にあるだろう」
……あっ、ピンときた。
「ふっふっふ…ヴォルちゃんてば!膝枕をご所望とはなー!」
どうだ!間違いなくこれで合ってるだろ!
内心わくわくしてると、想定通り、ヴォルからの返事が無かった。
沈黙は肯定の証だ。
やったービンゴー!
………いや、待って??
ヴォルが頭を太腿に乗せてくる。
………待って待って?!
ヴォルが俺の腹に顔を押し付けてくる。
わーーー!?わーーー!?待ってーーー!!すずろ兄ちゃんもルピナスも見てるのにこんな…う、うわーーーー!!!!
ドアの方に目をやると、当然の如く二人はこっちをガン見してた。
…ん?すずろ兄ちゃんがなんかカンペみたいなの持ってる。
なになに…?
『お熱いねぇ☆彡』
Oh!なんてこった!違う、俺はノンケだ!!
…って断言したい所なんだけど
…いや、あの、ノンケって、思ってるんだけど。
その筈なんだけど。
今の俺は何故か無性に、甘えてくるヴォルが可愛いと思ってしまっている訳で。
女と間違えられる事が多々あった俺みたいな、見た目女々しい系って訳でも無い、
イケメンの部類に入るヴォル相手に…なんで可愛いなんて思っちゃうのかさっぱり分かんない。
でも事実は事実だからどうしようもない。
困惑して内心頭を抱える俺と違い、ヴォルはご機嫌そうだった。
ど、ど、どうしよう。見られてる。全部見られてる。あ、あわわのわ…。
羞恥心で頬が熱くなるのを感じつつ、頼むから見ないでくれと二人に目で訴える。
!!新たなカンペが!!
『気にせずどうぞ☆彡』
いや、気にするわ!!!!!!!!!!
「…イリーナが、よくこうしてくれたんだ」
無言のやり取りを繰り広げている最中、ヴォルはそう切り出した。
「俺が不安な時、辛い時…こうやって、慰めてくれた」
そう言ってから俺の手を取って、自分の頭に乗せる。
もしかしなくても、撫でろって事かしら。
「そっかそっか…よしよし」
ヴォルの頭を優しく撫でる。
相変わらずサラサラで、毛の一本一本が綺麗で…撫で心地がとても良い。
暫くそうしていると、ヴォルの呼吸が緩やかになっていた。
あ、これ完全に。
「ヴォッちゃん寝た?」
「その様だね~ぐっすりすやすやって感じ!」
扉をそーっと開けて、すずろ兄ちゃんとルピナスがこっちに歩いて来る。
そんな傍観者2名に俺は小声で文句を言った。
「なんであっち行ってくれなかったんだよ…」
あっちくしょうニコニコ笑顔でスルーされたちくしょう。
すずろ兄ちゃんは、俺とヴォルの座ってる向かい側の長椅子に腰掛けて口を開いた。
「さっきも言ったけど、彼、本当にサクラに付きっきりだったんだよ。
余程、大切なんだろうね」
ヴォルに視線を落とす。
…約三年間、俺の世話をしてくれたんだよな。
起きるのは今日かも知れない、数時間後、数分後、数秒後かも知れない。
そんな事を、思ってたのだろうか。
「リュボーヴとイリーナが眠りに就いて、
心の支えが他に無かったってのもあるかも知れないけど」
……………………………えっ。
「リヴとイリーナが?!」
驚愕で目を見開く俺に、すずろ兄ちゃんは頷く。
「彼女らはそれぞれ、太陽と月の光を動力にしていたらしくてね。
終着点はご覧の通り、太陽も無ければ月も無い場所だから」
そんな。
「二人は何処に?」
訊ねる俺に、ルピナスが答えた。
「女性用車両に居るよ。男子禁制だけど、今は誰も居ないし…案内しよっか?」
「頼みます」
「ん、りょーかい!」
俺は毛布を畳んで、そーっとヴォルの頭を太腿からそれに乗せ換える。
起きるか心配だったけど、ちゃんとぐっすり続行中みたいで安心した。
「行ってらっしゃい」
声を掛けて来たすずろ兄ちゃんに頷いて、ルピナスの後を追い車両を出る。
「そうだ、サクラ君。列車の内部説明までは受けてないんじゃない?」
そういえば聞いてなかったな。はい、と返事すると、ルピナスは頷いた。
「じゃあ簡単に説明するね!」
彼女曰く、
俺が居た車両は最後尾、それから物置(トラップ置き場)、男性用、作戦会議用、女性用、運転席
…って感じに続いてるという。
つまり、五連+運転席の列車って事だな。
ちなみに出入口は、運転席と作戦会議用の車両にしかないらしい。
話終わる頃には女性用車両に着いていた。
やたらピンク色でやたらフリフリにデコられてる事はさておき、
ピンク色のカーペットの上を駆け足で進む。
リヴとイリーナは、長椅子の上で寄り添う様に座って、瞼を閉じていた。
微動だにしない。
彼女達はロボットなんだから、それが当たり前なのに、違和感が拭えない。
無機質な姿を目の当たりにして、胸にズシリと重い衝撃が走る。
俺でさえこうなんだ。
ずっと二人と過ごしてきてたであろうヴォルは、もっとずっと…
遥かにショックだったに違いない。
「どうする事も、出来ないんですか」
縋る様に訊ねるけど、ルピナスは首を横に振った。
「私の力を分けて、動力の代わりにする事は出来るけど…。
でも、今は少しの力の差が命運を分けるんだ」
……そう、だよな。
ただでさえカンナは創造の本で力を得てる。
ルピナスが弱体化したら、勝てる見込みが更に減る。
負けたら、俺達は文字通り終わる。
語も、当然助けられなくなる。
そもそも、それが出来たらとっくにやってる筈だ。
「無茶言ってすみません…忘れて下さい」
頭を下げる俺にルピナスは、気にしないで、と悲しそうに微笑んだ。
「大丈夫。カンナとの決着が着けば、その時には…」
さあ、戻ろっか。
そう言って踵を返すルピナスの背中を眺めて、ふと思った。
彼女の肩にはどれ程の責任が圧し掛かっているんだろう、と。
男性用車両に戻り、ヴォルへの膝枕を再開させる。
ルピナスは、ちょっと仮眠を取るからと、俺を送ってくれた後でまた女性用車両に戻って行った。
風邪引かないように毛布を掛けてやったら、
向かいの席で本を読んでたすずろ兄ちゃんがクスッと笑った。
「サクラ、お母さんみたいだね」
……お母さん。
そういえば、ヴォルは孤児院に居たんだよな。
何歳からなのかは知らないし、どんな経緯で孤児院に来たのかも知らないけど。
ちゃんと母親に甘える事は出来てたんだろうか。
昔、アリアさんが言ってたっけ。
ヴォルはいつも一人で本読んでたって。
リヴやイリーナを作るまで、いつも孤独を感じてたのかな。
ヴォルは、ようやくできた心の拠り所を、一気に二つも失ってしまったのかな。
彼の心境を思うと、胸が痛かった。
「ヴォッちゃんね。僕らが話し掛けたら返してくれるし、笑ったりもしてくれるんだけど…
何処か欠けた感じがしてたんだよね。無理してるっていうか」
文字を追いながら、すずろ兄ちゃんは続けた。
「いやぁ、びっくりした。サクラの前だとあんなに活き活きするんだ、彼」
ページを捲る音とヴォルの寝息だけが聴こえる、静かで穏やかな空間に居るにも関わらず、
内心はぐちゃぐちゃだった。
ヴォルは親友なのに。
どうしちまったんだろう、俺。