十九片目:Resolution


 

 

 

 

 

 

 

報告。

 

 

 

すずろ兄ちゃんと母さんの腕と脚を縄で縛って、列車の外に放置しました。

 

 

 

一応お守り持たせました。ほんの慈悲です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋に戻ると、ヴォルはすっかりいつもの調子に戻っていた。

 

 

「サクラ、腹減ってたりしないか」

 

小さく首を傾げる動きに少し遅れて、彼の髪がさらりと揺れる。

 

 

…なんか一つ一つの動作に心臓鷲掴みされてる気分に陥るんだけど。

恋は病気って主張する人の気持ちが何となく分かった気がした。

 

 

それはさて置き、確かに腹は減ってたので頷く。

するとヴォルは、それはそれは楽しそうに。

 

「ではピーマンの肉詰めを作ってやろう」

 

「わざわざ俺が嫌いなピーマンをチョイスした理由とは?!

 しかも数年ぶりに胃に物入れる人間に肉って酷じゃありませんこと?!」

 

「冗談だ。重湯にする」

 

「あ、はい」

 

 

相変わらず分かりにくいジョークだなぁ…。

真顔でも笑顔でも結局ヴォルが言うと全部マジに聴こえるから困る…

 

…てか。

 

「重湯って何?」

 

「離乳食だな」

 

噴いた。

 

「お前は三年間断食している状態な訳だから、内臓がかなり弱っている。

 今のサクラの内臓は赤ん坊と同じかそれ以下だ」

「何それ辛い」

 

 

見た目は大人で中身は子供、物理的中身は赤ん坊ってか。精神的にくるわ。

 

 

本気でがっくりしてたら、ヴォルは手品のタネ明かしでもするかの様な調子で言ってきた。

 

「本当の事を言うと、サクラに飲ませていた薬の効果には内臓の機能のカバーも含まれてるんだ」

 

 

…………………………………………………。

 

 

相当チートな薬飲ませられてた事を再び思い知って背筋が寒くなったのと

ほっとした気持ちが同時にやって来て、俺は沈黙する。

 

それを怒ってると取ったのか、ヴォルは申し訳無さそうに(とはいえ楽しんでた感を隠せてない)

 

「すまん、ちょっとからかいたかった」

 

…なんて言って来た。

 

 

白状します。

 

ときめいてしまいました。

 

 

こほんと一つ咳払いした後、彼は

 

「そんな訳で、普通の食事にしよう。カレーとハンバーグが好きなんだよな」

 

そんな嬉しい提案をしてくれた。

 

「大好きでっす!」

 

覚えててくれた事に喜びつつ素直に返事したら、ふっと笑って

 

「子供か」

 

と頭を撫でてくる。

 

「そ、そうだよう…何度も言うけど中身子供だから…高1だから…」

 

「知ってる。可愛い」

 

「うひぃ!?昔散々可愛い可愛いってからかわれたせいで鳥肌立つからやめて下さい!

 トラウマですよ!全く嬉しくない!」

 

「可愛い」

 

「これなんてイジメ?!」

 

「事実は事実だからな」

 

「開き直らないで頂戴!!!」

 

 

まだ何か言った所で無駄なのは目に見えてたし、

逃げたら逃げたでまた可愛いとか言われそうだから大人しく撫でられつつ、複雑な気分に陥る。

 

 

外見的な女々しさは今となっては影も形もないのに、未だ可愛いと言われるのは何故なのか。

 

見た目は大人中身は子供っていうギャップ萌えなの?

 

それ…下手しなくても俺はただの頭おかしい奴だよな…

一刻も早く中身を見た目に追いつかせないと…。

 

 

でも。

 

 

俺、甘やかされた経験ほぼほぼ無いから、誰かに甘えるってなんかホッとするんだよね。

 

可愛いって言われるのは嫌だけど、可愛がれる事に悪い気はしないというか。

 

なんか、不思議な気分。

 

 

 

ヴォルが車内にあるボタンの一つを押すと、

椅子の一部が収納されてキッチンがぬっと顔を出した。

 

 

何この列車。高性能なキャンピングカーかよ。すげえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手際良く調理を進めているヴォルの背中を眺めながら、俺は声を掛ける。

 

「ヴォルって料理できるんだな」

 

すると彼は、何でもなさそうに返してきた。

 

「手順や分量を間違えない限り、失敗する可能性の方が低いと思うが」

 

どう足掻いてもクソマズダークマターを生み出す母さんの事を頭の隅に追いやりつつ、

そうだよな、と頷く。

 

「でもなんか意外」

 

「そうか」

 

「カップ麺すら作れなさそうなイメージあった」

 

「それは心外だな」

 

「包丁持ったまま振り向かないで下さいごめんなさい」

 

「別に刺そうなんて思っちゃいないから安心しろ」

 

死なれたら困る、という呟きを俺は聞き逃さなかった。

そしてニヤけた。

 

口元が緩んだままなのを自覚しつつ、椅子に寝そべって頬杖をつきながら訊ねる。

 

「ねね、俺も手伝って良い?」

 

カレーの鍋を火にかけてハンバーグに取り掛かろうとしてるヴォルが俺を見た、

までは良いんだけど……。

 

「な、何そのできるのかお前みたいな目!ナメてんじゃねーよ!」

 

 

そう、完全に疑われてたのです!

 

 

パーカーを脱いで適当に投げ捨てて気合十分で近寄ると、ヴォルはやれやれと笑った。

 

「ちゃんと手を洗うんだぞ」

 

「いつからお前は俺の親になったんだい?!」

 

「返事は“はい”だろう」

 

「………………………はいはい」

 

「ん?」

 

「ちくしょう!!はい!!」

 

 

駄目だ、敵わん。

 

 

楽しそうにくすくす笑ってるヴォルを横目に、俺は内心白旗を揚げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンバーグのタネをペチペチしながら、ふと思いつく。

 

「ヴォル、ヴォル」

 

「どうした」

 

「せっかくだしさ、作り合いしようぜ」

 

彼は一瞬考える素振りを見せてから口を開いた。

 

「つまり、俺がサクラの分を作ってサクラが俺の分を作るという事か」

 

「うん。その方が楽しいと思うんだよな」

 

みるみる内にヴォルの目が輝いていく。

 

「乗った」

 

ふっ、やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

どんな形にするか考えた結果、ヴォルの名前にちなんで狼の形にする事にしました。

 

でも凄く苦戦した割には、とてもじゃないけど狼には見えない有様になりました。

 

そういえば、小学校や中学校の美術の時間に作った物は

ことごとく自分の意に反した物体になっていたのを思い出しました。

 

まあ別に気にする事でも無いなと思っていたのですが、

今回ばかりは自分のセンスの無さに果てしない絶望を覚えてしまいます。

 

 

……こほん。

 

 

ヴォルのを覗いて見ると、綺麗な桜型がまな板の上にちょこんと乗っていた。

 

思わず感嘆の声を上げちゃった程にはピシッと造形されてる。

 

改造とか発明とかで普段から物作りしてるから得意なんだろう、こういうの。

 

不器用そうなのに器用だよなあ。

 

 

言い出しっぺの癖に下手くそな自分が惨めに思えるぜ!はは!

 

 

そんな事を考えている間に、俺の視線に気付いたらしい彼がふふんと鼻を鳴らして言った。

 

「中々上手く出来たぞ」

 

まるで褒められるのを待ってる子供みたいだ。

 

「うん、上手いと思う。芸術家レベルだよこれは」

 

すかさず本心を伝えたら、ヴォルは嬉しそうに口元を緩めた。

 

正直、可愛いのはお前の方だと言いたい。

 

「褒めても何も出ないぞ」

 

「ヴォルの笑顔が出るじゃないのよ」

 

「発言の寒さで全身凍傷になった。どうしてくれる」

 

「どうしてやろうかね?あっためれば良いかね?」

 

 

肉まみれの手をわきわきさせて冗談に冗談を返すと、彼は顔を赤くしながら“馬鹿”と呟いた。

 

 

余りの可愛さにお寺の鐘をつく棒で心臓を殴られた様な錯覚に襲われました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く自分の気持ちを鎮める為に心の中で葛藤を繰り広げ…それを終えた後。

 

 

俺は見てしまった。

 

 

まだ真っ赤なヴォルが、フライパンに二つの肉塊(桜型と狼になれなかったもの型)

を乗せてガスコンロの火力をMAXまで上げている所を!!

 

 

どう考えても照れてて自分の行動の行き過ぎさに気付いてないんだろうなー

あっはっはうい奴め………………………………いやいやいや待て待て待て!!

 

「ストップストーーーーーーップ!!!」

 

真っ黒焦げの炭を食うのは御免なので、俺は慌てて火を止める。

 

すかさず肉塊をフライ返しでひっくり返すと、幸いな事にほんのり茶色くなった程度だった。

急に熱したからまだフライパンが温まってなかったのかも…あー、命拾いしたぜ。

 

ホッと胸を撫で下ろしてると、ヴォルは我に返ったらしく、しゅんとしながら謝ってきた。

 

「さ、サクラ…あの、すまなかった。俺とした事がつい」

 

「気にすんな。ハンバーグは無事だし何も問題ないからさ」

 

 

あれくらいの冗談さえ真に受けちゃうって、

本当に純粋というかウブというか俺の事意識し過ぎっていうか(とても照れる)。

 

 

励ますつもりで頭を撫でようとしたものの、

絶賛ミートハンド(いや手には元々肉付いてるけどまあ察して欲しい)だから思い留まった。

 

代わりに肘で軽く彼の腕を突いて、料理の再開を促す。

 

するとヴォルは、反省が尾を引いてるのか申し訳無さそうに…でも嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんだかんだ無事に完成した料理を用意した折りたたみテーブルの上に並べ、俺は合掌する。

 

こういう家庭的な料理を食べるのは世界終わって以来だから、とても楽しみです!

 

 

早速口を開けてカレーを一口頬張ろうとした…………その時。

 

「なんかカレーの匂いがするぅ!!!」

「もう流石に空気読んで下さいませんかお願いしますお兄様!!!!!」

 

意気揚々とドアを開けてそう言ったすずろ兄ちゃんに向かって叫んでから……俺は気付く。

 

「え、後ろに居るのって…」

 

 

すずろ兄ちゃんの背後から、女の子がひょっこり顔を覗かせていた。

 

白と金のツートンカラーの髪と、ピンク色の瞳(確認するまでもなく瞳孔は桜型だろう)から察するに、間違いない。

 

 

「久しぶりだね、サクラ君」

 

 

俺の初めての友人は、昔より格段と大人びた笑顔を浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人だけでの食事の予定が狂っちゃったけど、

今後もチャンスはあるって事で四人で食べる事になった。

 

積もる話もあるからな。

 

ちなみに、他の皆は各自で食べてるらしい。

 

 

確実に複数人用じゃない小さな折りたたみテーブルを囲み、思い出話に花を咲かせ……

ひと段落ついた頃。

 

桜が心底申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「今更だけど、ごめんね…お邪魔しちゃって」

 

俺とヴォルが首を横に振る中、

すずろ兄ちゃんがめちゃくちゃ満面の笑みで空気読まないにも程がある発言を繰り出した。

 

「カレー美味しーい!!」

 

すかさず桜が真顔で口を開く。

 

「すずろさん」

 

「はい」

 

「ハッ飛ばしますよ」

 

「ごめんなさい」

 

 

この一瞬で力関係が分かった気がしました。

 

 

 

 

 

 

すずろ兄ちゃんが借りてきた猫みたいに大人しくなったのを確認してから、

ところで!と桜は質問してくる。

 

 

「サクラ君とヴォルクさんって、お付き合いしてるんだよね?」

 

 

改めて言われると照れますな。へへ。

 

 

「してますよ〜」

 

「そっかそっかあ〜」

 

ほんわかした笑みを浮かべながら俺とヴォルを見た桜は、納得した様に頷いた。

 

 

「うん、とってもお似合いだなあって思う」

 

 

そして、ちまちまと不恰好なハンバーグを食べているヴォル

(平然を装ってるけど耳が真っ赤なのでお察し)に、胸に手を当てながら優しく言った。

 

「想いが実って、本当に良かった。おめでとうございます」

 

それを受けて、口に含んでいたハンバーグを飲み込んだヴォルが、小さくだけど確かに言い切る。

 

 

「有難う」

 

 

眼鏡の奥の瞳が、心底嬉しそうに細められていて。

口元は照れ臭そうに歪んでいて。

 

 

そんな彼を見たら、胸があったかくなった。

 

愛おしいって、こういう気持ちを言うんだろうか。

 

 

ふと、そんな風に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて食事や片付けが終わり。

 

 

去り際、桜に叱られてから沈黙していたすずろ兄ちゃんが俺とヴォルに訊ねてきた。

 

「ところで二人って、結婚とか考えてるの?」

 

「「ふぁっっっっっっっ?!?!?!」」

 

「あらやだ~ハモってる~」

 

ニコニコニヤニヤしながらすずろ兄ちゃんは続ける。

 

もし二人が結婚するんなら盛大なパーティー開こうってルピナスが前言ってたんだよね~。

 きっと美味しい物食べれると思うんだ…じゅるり

 

 

目的食い物かよ!!!!聞こえてんぞ!!!!!

 

 

 

桜が呆れ顔ですずろ兄ちゃんの頭をぺしんと叩いた後、俺達に言う。

 

「もし考えてるっていうなら私達応援するよ!

 皆、サクラ君とヴォルクさんの味方だからねっ!」

 

それから、(これ以上余計な事言われない様にと思ったのか)

ぐいぐいとすずろ兄ちゃんの背中を押して、さっさと部屋の出口へ行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………結婚………結婚、かあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

設置されている時計を見ると、11時を指していた。

 

ああ勿論、夜の。

 

 

「そろそろ寝ましょうか」

 

椅子に座ってるヴォルに声を掛けたら、彼はぎこちなく頷いた。

 

「どした?」

「いや、なん、なんでも、ないが?」

「はい嘘」

「う、嘘じゃない!ほん、本当に何も、ない、ぞ。うん、ない…うん

 

 

目が泳いでますよヴォルクさん。

 

自分に言い聞かせてるじゃないですかヴォルクさん。

 

 

「ふっふっふー!そんな子にはこうですぞ!」

 

俺は首を傾げたヴォルに飛び掛かる。

狙いは脇腹だ!

 

「ほら言ってみ〜出来る事なら何でもしてやるぜ〜ほらほら〜」

 

手をこれでもかと動かしてくすぐりながら促す。

 

呆気なく椅子の上に倒れたヴォルは、

抵抗のつもりなのか身をよじりながら口元をきゅっと結んだ。

 

 

 

 

 

暫くこうしてれば諦めるだろうと思って続けてたら、いけない事に気付いてしまった。

 

くすぐったいのを無理して我慢してるせいで頬は赤いし、

白衣どころかインナーまでズレて肩見えてるし、鼻から漏れる吐息があの…その…はい。

 

…………はい!!

 

ちょっと危ない所に足を踏み入れかけた瞬間、ヴォルは目尻に涙を浮かばせて息も絶え絶えに

 

「わ、わかっ、分かったから!言うから!」

 

と、ギブアップしてくれた。

 

 

ホッとした様な、残念な様な。

いや、何言ってんの俺。

 

落ち着いて、はい深呼吸。

 

すーはー。

 

 

「えっと、い、一緒に寝て欲しいと思って」

 

 

すーはー?!?!

 

 

「そ、そそそそそそそれってどどどどういう意味?」

 

「そのままの意味」

 

「噛み砕いて説明してくれる?」

 

「俺とサクラが一緒に寝る、としか言えないのだが」

 

 

待って脳の処理が追いつかない恋人二人が一緒に寝るって

それはつまりえーっと?

 

 

「……実は、誰かと寝た事が無くてな。少し憧れていたというか」

 

 

 

 

 

 

…………あれっ??

 

 

 

 

 

 

「あ、でも、嫌なら勿論それで良いぞ。

 恋人になったとはいえ、初日でこれは流石にハードルが高いと思うし」

 

 

もしかしてヴォルの言う“寝る”って、健全な意味なのでは。

 

 

 

「ただ一緒に寝るだけ?」

 

「あ、ああ…駄目か?」

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

俺って本当に早とちりの変態だなーもー!恥ずかしいったらないぜ!あははは!それはさておきヴォルの上目遣い可愛過ぎるんですが?!小動物かな?!

 

 

 

 

…………………………とりあえず落ち着こうかサクラ君!二度目の深呼吸ー!

 

 

 

 

 

…ふう。

 

 

 

 

 

 

「ヴォル」

 

「は、はい」

 

 

なんで敬語になってんの。

君の敬語初めて聞いたよ。

 

 

「一緒に寝ましょう」

 

 

俺が良い笑顔でそう言うと、ヴォルは何やら照れた様な焦った様な感じで項垂れた。

 

 

「ふ、不束者ですが…」

 

 

 

?!ほ、本当に健全な意味の寝るなんだろうね!?

 

 

 

「えっと、一緒に寝る時はこう言うんだってルピナスが」

 

 

 

ルピナス様には本当頭上がらねえぜ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えー、結果から申しますと、案の定健全な意味の寝るでした!泣いてなんかないもん!

 

 

 

そうそう。

椅子の上で一緒に寝るのは難易度高いって事で、簡易的な布団(毛布重ねただけ)を作って、

そこに寝っ転がってるぜ!ふかふか!

 

 

 

「サクラ」

 

「んー?」

 

「も、もっと近付いても良いか」

 

 

電気を消した真っ暗闇の中でも、目が慣れたせいかなんとなくヴォルの様子が分かる。

多分向こうも同じだろうと信じて、俺は両手を広げて言った。

 

 

「いいよ。おいでおいで」

 

 

すぐにヴォルがコロコロ転がって、俺の胸の中に入ってくる。

それだけじゃなく、彼は自分の両腕を俺の首に回して、得意気に言った。

 

 

「ふふ、捕獲」

 

 

 

 

 

あのー。何ですかこの可愛い生き物は。

 

 

 

 

 

「サクラは良い匂いがするな」

 

「そう?自分の匂いなんてよく分かんないからあれだけど…なら、良かったよ」

 

「落ち着く」

 

「お、おう」

 

 

俺はドキドキして落ち着かないけどな。

 

 

「ところでサクラ。

 結婚とは、互いが互いのものになるという事…で合っているのか?」

 

 

ん?まあ、間違いではないよな。

 

 

「合ってると思うよ」

 

「じゃあ、恋人よりも確かな繋がりなんだな」

 

 

 

一種の枷だけど、好き合ってるなら良いものだろうって思う。個人的に。

 

 

 

 

ぶっちゃけ…………ヴォルとなら俺。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえヴォル」

 

「な、なんだサクラ」

 

「全部終わったら結婚しようか……ぐえっ

 

 

勢いよく胸に頭を押し付けられた。

ぷるぷる震えてるのは嬉しいからなのか恥ずかしいからなのか…いや、全部かしら。

 

 

「冗談とか、無しだぞ」

 

「うん。というかむしろ、俺で良いの?って感じだけd「サクラが良い」

 

 まじか「サクラじゃなきゃ嫌だ」わ、分かりました有難うございます」

 

 

 

 

 

 

タイミングを失って手持ち無沙汰だった手をヴォルの背中に回して抱き寄せてみると、

彼の肩がピクッと跳ねた。

 

「そんな緊張しなくても。可愛いなおい」

 

「俺が可愛い?正気か?」

 

「それ俺に可愛い連呼してたさっきのお前にそっくりそのまま言ってやりたいわ」

 

 

 

 

 

…………………………………………ん?

 

 

 

 

 

「ヴォルって、こんなに華奢だったっけ」

 

 

俺の身体がデカくなったからそう思うだけ…じゃない気がする。

昔スパでふざけて抱き着いた時は、今みたいな力入れたら折れそうな感じでは無かった。

 

さっき抱き締めた時は白衣越しだったから気にならなかったけど、

今はインナーだけだから違和感を覚える。

 

 

「数年ろくに動いていないからな」

 

「…単に筋肉落ちただけとは思えないんだけど」

 

 

 

痩せたってよりは、やつれたって表現の方がピンと来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くの沈黙の後、ヴォルはぽつりと言葉を漏らした。

 

 

「リヴもイリーナもサクラも、起きてくれなかったから。

 寂しくて、つらくて、胸に穴が空いたみたいだった」

 

 

知らぬ間に、自分の手に力が篭る。

 

 

「…きっとそれが」

 

 

 

原因かもな、って感じで続いたんだろう。

 

 

 

でもそれを聞く事は無かった。

 

 

 

 

聞きたくなかった。

 

 

 

 

 

だから、塞いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてだからやり方分かったもんじゃないし、

ただ押し付けただけの子供みたいなキスではあったけど。

 

ヴォルはそれに文句を言うでもなく、黙って受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

今までの分、幸せにしたい。

 

ずっと一緒に居たい。

 

 

 

 

そんな事を内心考えてしまう程にヴォルの事が好きなんだなって思ったら、改めて自覚したら、

胸が何かで締め付けられてる気分になって。

 

 

でもそれは決して嫌ではなく、苦痛でもなく、むしろ幸せというか。

 

 

 

 

…………うん、これはこういう事なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

「好きだよ」

 

 

 

 

 

今の気持ちを表すに一番相応しい言葉を声に出して、彼を抱き締める。

強く、でも優しく。

 

 

嗚咽と共に頷いたヴォルが、抱き締め返してくれるのが嬉しくて。

 

 

 

 

 

このままずっとこうしていられたら良いのに。

 

 

 

 

 

彼の温もりを感じながら、心の底からそう思った。