幕間8


 

 

 

 

 

 

俺が目を覚ました頃には、既にリヴとイリーナのバッテリーは切れていた。

 

物言わぬ人形となった二人を目の当たりにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の中の何かが、崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

共に此処に来た、アリアやアガフィアが目覚めても。

 

サクラだけは、一向に目を覚まさない。

 

 

 

 

 

ルピナスと桜が言うには、語はサクラの目の前で攫われたという。

 

彼の必死の努力も、虚しく。

 

 

きっと、心のダメージが大きいのかも。気長に待つしかないね、とルピナスに言われた。

 

 

 

 

 

 

俺は、サクラの世話を買って出た。

 

 

親友として、助けなくては。

 

 

そう思ったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日課の精神安定剤を飲もうとした際、ふと思いつく。

サクラがすぐに復帰出来るようにするべきではないか、と。

 

 

だから分解して、作り直した。

月一で飲めば、筋肉の衰弱防止や栄養不足の防止…その他諸々の効果を見込める会心作。

 

 

 

これで良い。

 

 

自分が悪夢にうなされる事になったとしても構わない。

 

 

彼を、優先したい。

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれは杞憂に終わった。

 

サクラと居ると安心するのか、この部屋で眠ると、悪夢を見る事がなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラの事や作戦用のトラップを作る時以外は、

すずろが気晴らしの為にと列車に持ち込んでいた大量の書物を借り、目を通していた。

 

 

元々良くなかった視力は、更に悪くなった。

 

 

 

気にしなかった。

 

 

 

何が書いてあるのか認識出来なくても、ぼやけていても。

 

 

何かに意識を向けていたかっただけから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで、昔のようだった。

 

 

飽きもせず、数々の文献を読み漁っていた、幼い頃。

 

あの時は、周りと打ち解けられない事で、本の世界に浸り、気を紛らわせていた。

 

 

 

 

 

 

…今は、違う筈なのに。

 

 

仲間がいるのに。

 

 

堪らなく、辛くて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、サクラの部屋に逃げ込む様になっていた。

 

 

穏やかな寝息を聞いているとほっとした。

彼が生きている事を証明する音だから。

 

 

 

 

 

 

 

この空間が、好きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラップを作り終えてからは、本を交換する為以外にこの部屋を出る事はなかった。

文句を言ってくる者はいなかった。

 

有難い様な、申し訳ない様な、複雑な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな生活が続いたある日。

 

ルピナスが部屋を尋ねてきた。

 

 

「皆の服を新調させたから、貴方のもそうしようと思って来たんだ〜」

 

 

朗らかにそう笑う彼女を、追い返す理由は特に無い。

 

 

 

 

 

 

 

結果。

ルピナスは、服を新しくするだけでなく、ゴーグルを眼鏡に作り変えてくれた。

 

 

「せっかく好きな人を近くで見られるのに、ぼやけてるなんて勿体無いからね!」

 

 

そう言われ、俺はサクラに目をやる。

 

 

 

今まで朧げだった輪郭がはっきりと分かった。

 

記憶にある姿よりも、顔付きが大人っぽくなっていて、髪も若干伸びていた。

 

 

 

「成長期だねぇ、サクラくん。この年頃の子はぐんぐん育つね〜」

 

「どれくらい経ったんだ」

 

「この生活になってから?だとしたら、二年くらいだよ」

 

「そうか…もう、そんなに」

 

「うん。早いよね」

 

 

ルピナスは長椅子に近寄り、適当に腰掛けた。

 

「ねえ、ヴォルくん。少し聞きたい事があるんだけど」

 

 

なんだ、と返す。

 

彼女は普段の朗らかで柔らかな雰囲気ではなく、真剣そのものの顔つきで。

 

 

「貴方は、サクラくんの事をどう思ってる?」

 

 

そんな事を、訊ねてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラの事をどう思っているのか……

 

 

 

 

…簡単な話だ。

 

 

 

 

 

 

「大切な奴だと、思っているが」

 

「それだけ?」

 

疑っているような視線を向けられ、つらつらと言葉を並べられる。

 

「大切、なんて一言で終わらせられるの?サクラくんへの気持ちは。

 ぶっちゃけ、ヴォルくんの行動見てると到底そうは思えないんだよね。

 単純に大切ってだけで二年間も付きっきりとかさ…」

 

 

そこで一旦区切り、ルピナスは長椅子の上に立ち、

勢い良く天井を指差しつつ高らかに言った。

 

 

「大好きにも程がある!!」

 

 

 

 

 

 

否定は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラの事は、好きだ。

 

 

 

初めての友達で、初めての親友で………特別な人だから。

 

 

 

 

 

 

 

改めて自覚した事で、何故か頬が熱くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、急にごめんね」

 

頬を掻きながらそそくさと座り直し、ルピナスは照れ臭そうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

少しの間の後、彼女は唐突に。

 

 

「…ヴォルくん。サクラくんの事、愛してる?」

 

 

思わず噴き出す。

 

 

「あ、あ、愛…って、どういう事だ!」

 

「うっわ顔真っ赤うっわウブな反応。その通りの意味だけど。

 これはまだまだ自覚してないな?」

 

 

 

ただでさえ熱かった顔が、更に熱くなる。

 

 

 

「もしかしてもしかしなくても、ヴォルくんって恋愛初心者?彼女とかいた経験ある?」

 

「いた訳ないだろう、そんなもの…」

 

「そーか、そーか。じゃあ自分の気持ちに気付いてすらいないのか。

 恋愛がそもそもどういうものか知らないんだもんね」

 

ルピナスは腕を組み。

 

「単刀直入に聞くけど。

 ……………ヴォルくん、サクラくんにちゅーした事あるでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

 

呼吸が、一瞬で止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、その反応!図星ってやつだ!引っかかりましたな!」

 

「お、おま、まさかわざと……ち、違う、してない!!何もしてない!!」

 

「今更おそーい!手遅れー!で、で、なんでちゅーしたのっ?」

 

 

くっ…誤魔化しようがない…腹をくくるしか…。

 

 

「昔、王子がキスをしたら眠っていた姫が目を覚ましたという物語を読んだ事を思い出して」

 

「それ信じて実行したの?」

 

「信じてた訳じゃない…そうなれば良いというちょっとした賭け…いや、研究。

 そうだ、研究の一環だ」

 

「あからさまに自分に言い聞かせてるけど…ま、まあいいや。

 てことは此処に来てからなんだね、ほほー」

 

ルピナスはこほんと咳払いを一つして。

 

「その時、どんな感じがした?

 その物語から察するに、マウスtoマウスって気がするんだけど!」

 

「何故今ネズミが出てk「そういうボケは求めてないから」キレるな目が怖い」

 

 

 

どんな、って…。

 

 

 

「心臓が、うるさくなって」

 

「うんうん!」

 

「駄目な事をしてる気分になって」

 

「ほうほう!」

 

「寝た」

 

 

 

ルピナスが顔面から地面にスライディングした。

 

 

 

かと思えば、素早く体制を整えて。

 

 

「なんでそこでそうなっちゃうの!?そこはさ、胸がキュンとなって切なくなった…とかさあ…」

 

「ああ、それもあっt「じゃあさっき言ってよ!!!」すまない…」

 

 

やれやれ、と片手で頭を抑え、長椅子に座るのを諦めたのか地面に正座しながら、彼女は言う。

 

「まあ、何はともあれ判明したよ。ヴォルくん、貴方は間違いなくサクラくんに恋してる」

 

「そうなのか」

 

「そうなの」

 

 

 

と言われても、恋なんてした事が無いから、さっぱり分からない。

 

 

 

それがルピナスにバレたらしく、彼女は説明を始めた。

 

「普通の友達にドキドキするか…答えはNo。普通の友達にちゅーするか…答えはNo。

 つまり、ヴォルくんはサクラくんを普通の友達と思ってないのに、それを分かってない。

 無自覚に友達の垣根飛び越えてるんだよ…友情と愛情の違いを知らないのかもだけど」

 

「友情と、愛情?」

 

「Yes!私の場合、友情を感じてるのは桜ちゃんとすずろんで、

 愛情を感じてるのはリコリスかなー!

 友情と愛情は別物だから、一緒にしたら波乱を呼ぶの。

 昔そのせいでトラブルとか起きなかった?」

 

 

トラブルといえば。

 

 

「サクラと俺がホモだと騒ぎになった事があった」

 

「だーーーーーーっ!!それだよ、まさにそういうの!

 友情と愛情の区別が付いてないから事故が起きる…」

 

「…どうすれば良いんだ」

 

訊ねると、ルピナスは目を輝かせ。

 

「ふふーん、そうこなくっちゃ!じゃあ友情と愛情の違いを学んで貰おうかね!えっへん!」

 

 

頷く俺に、彼女は張り切った様子で言った。

 

「友情はlike!愛情は、恋人とか家族とかに抱く感情…love!」

 

 

likeとlove。

 

 

成る程、分かり易い。

 

 

「ヴォルくんの場合だと、リヴちゃんやイリーナちゃんがloveにあたると思う」

 

「つまり、リヴとイリーナへの対応と同じ事をサクラにすれば良いのか」

 

「そだね!あ、でもでも。家族愛と他者への愛はまた別物だという事も言っておこう…。

 ドキドキするのが他者への愛、それすなわち恋だよ!」

 

 

 

つまり心臓がうるさくならないのが家族愛、か。

 

 

確かに、リヴとイリーナの事は好きだし大切だがそうはならない。

 

 

 

…でも、サクラは。

 

 

 

「サクラくんの事考えたり…彼に触れたり…彼とお話したりする時…ドキドキする?」

 

 

ルピナスは軽快な足取りでサクラに近付き、彼の手を取った。

それから俺の手も取って、サクラの手と重ねる。

 

 

 

 

手の平から、サクラの体温が伝わってくる。

 

 

 

 

「どう?」

 

「…温かい」

 

「お、おう。他には?」

 

 

 

 

 

「心臓が、痛い」

 

 

 

 

 

ルピナスは口を緩め、鼻息を一つ吐いた。

 

「サクラくんの特別になりたいって、思う?

 友達でもなく、親友でもない、唯一の立ち位置」

 

「なれるものなら」

 

 

考える余地も無く、そう答えた俺に。

 

ルピナスは満足そうに、満面の笑みを浮かべて。

 

 

 

「ヴォルくん。それが恋だよ」

 

 

 

と、告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラの特別になれたら。

 

 

 

どれ程、幸せなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物思いに耽ってぼんやりしていると、ルピナスは立ち上がった。

 

「ふう……じゃ、私はもう行くよ。やらないといけない事があるからねー」

 

そう言って大きく伸びをしてから、扉に向かって歩き出した彼女に、俺は訊ねた。

 

「どうして、ここまでしてくれたんだ?」

 

 

するとルピナスは、ウインクを交えつつ、親指を立てた。

 

「同性に恋する子羊が道に迷ってるなら、背中を押さない訳にはいかないじゃない?

 きっと貴方なら大丈夫!グッドラック!」

 

 

言ってから彼女は長椅子の上に、サクラくんが目覚めたら渡して、と服を置く。

去り際に感謝を伝えたら、ルピナスは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、サクラに向き直る。

 

 

 

 

変わらず眠り続ける、大好きな人。

 

 

 

 

 

 

 

早く、起きて欲しい。

 

 

 

 

そうしたら、また話がしたい。

 

 

 

他愛もない話でも、口喧嘩でも良い。

 

 

 

 

 

声が、聞きたい。

 

 

 

 

 

 

 

悲しい。

 

 

 

 

辛い。

 

 

 

 

苦しい。

 

 

 

 

 

でもこれがきっと、恋なんだ。

 

 

 

 

 

 

好きだから、寂しいんだ。