一片目:6月13日


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方は“神様”を信じていますか。

 

 

私は信じます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様は、不慮の死を遂げた人の、死んで間もない意識…魂へ『生き返りたいか』訊ね、

合意した場合だけ、自分の住むお城に生き返らせていたらしく。

 

 

私が今生きているのも、そんな経緯があったからこそなのです。

 

 

 

……まあ、此処に来ている皆さんは元の世界で生き返る事を想定していたのでしょうけれど

(私もそうでした)、現実はそんなに甘くないもので。

 

 

 

“元の世界に”生き返らせてあげようか?なんて一言も言ってないよ!!

 

と目覚めて早々神様に言われた時、それはもう唖然としました。

いやはや、まんまと騙されたと思いました。

 

 

  

 

 

 

でも。 

 

 

 

 

 

本来なら、今此処に立って居る事はあり得ない訳で。

 

 

息を吸って、吐いて、心臓が鼓動を打っているのは、奇跡な訳で。

 

 

 

言ってしまえば、第二の人生って感じです。

 

 

慣れてしまえば楽しいものなのです。

 

 

 

それに、あの時は幼かった事もあり深く考えていなかったのですが、

生き返ってお母さんやお友達に会えるなんて都合が良すぎる話ですからね。

 

 

だから、これで良いやって。

 

 

死ぬ間際に負った怪我も治して貰えているし、毎日楽しいし…文句は無いというか。

 

何だかんだで最初は文句を言っていた人達も、今となってはすっかり今の生活に馴染んでますし。

 

 

 

 

…そんなこんなで。

 

 

神様とお友達になった私は、いつもの待ち合わせ場所に向かっているのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、桜ちゃん!おはよー!」

 

 

 

毛先にかけて白くなっていくピンク色の長い髪を二つに結った女の子が、

私を見かけるや否や、そう言って笑い掛けて来ます。

 

 

 

「おはよう、ルピナスちゃん」

 

 

 

笑顔で返すと、ペタペタという足音を立てて近付いて来た裸足の彼女は、

私の手を取って嬉しそうに目を輝かせました。

 

ピンク色の瞳は、星の様にキラキラとした光が散らばっています。

とても綺麗です。

 

 

 

「えへへー…今日は何するっ?何して遊ぶっ?

 

 …あ、その前に朝ご飯食べなきゃだね!

 

 

 

左右計6枚の白と黒の翼をパタパタと動かし、

見るからに楽しそうにしている彼女に手を引かれ、私は歩き出しました。

 

 

 

 

彼女は“ルピナス”

 

 

明るくて元気で純粋な、私の友達。

 

 

 

 

死んだ私を生き返らせてくれた神様。 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

食堂に向かっている最中、ルピナスちゃんが、そういえばね、と口を開きました。

 

 

 

「最近、リコリスが交換日記を書いてくれなくって」

 

 

 

“リコリス”というのは、彼女のもう一つの人格の名前です。

 

 

実は彼女達、生まれた時から二重人格の様で。

 

お互いの存在に気付いてからは、交換日記をしてやり取りをしているみたいなのです。 

 

 

私はまだリコリスちゃんと話した事が無いのですが、

ルピナスちゃんの口から語られる彼女は、とても良い子でして。

 

残酷で冷酷という噂が流れていて、血に塗れた姿を見た事は多々ありますが…

 

 

…きっと良い子、なんだと思います。思いたいです。

 

 

 

「一体どうしちゃったんだろう…リコリスが日記サボるなんて、おかしいもん」

 

 

ルピナスちゃんは、そう言って頬を膨らませました。

 

 

「ほんと、こういう時この体って不便極まりないんだよね。

 理由を聞こうにも直接聞けないしさ。日記無視されたらおしまいだし!」

 

 

「喧嘩した、とかじゃないんだよね?」

 

 

「うん!私達はいつでも仲良しだよ……………………………………その筈なんだけどなあ

 

 

しょんぼりと肩を落とした彼女は、噴水の様なアホ毛を上下にピコピコと動かして

深い溜息を吐きました。

 

 

「もしかして、私が気付いてないってだけで…何か怒らせる様な事書いちゃったのかも」

 

 

「何を書いてたの?」

 

 

「そうだねー…桜ちゃんとお友達になってからは、

 今日は桜ちゃんとこんな事して遊んだー!とか、此処に行ったー!とか」

 

 

 

ふむふむ。

 

 

…………………………………。

 

 

 

…………………………………………………んん?!

 

 

 

「ルピナスちゃん」

 

 

「どったの桜ちゃん。そんな深刻な顔して」

 

 

「間違いなくそれが原因なんじゃないかな…?!」

 

 

「え"」

 

 

「…ルピナスちゃんは、リコリスちゃんと交換日記を始めてどれくらい経つ?」

 

 

「んーと……………………………………………………………あれー」

 

 

 

あ、はい。察しました。

 

 

 

「つまり数えきれない程に長い間って事だよね?」

 

 

「そーだね!」

 

 

「で、その間リコリスちゃんが日記をサボった事が無かったんだよね?」

 

 

「うん!」

 

 

「ルピナスちゃんは、私と会う前はどんな事を書いてたの?」

 

 

「リコリス大好きいえーい!みたいな!」

 

 

「今は何を書いてるの?」

 

 

「桜ちゃん大好きいえーi「ほらあああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

きょとんと目を瞬かせながら、ルピナスちゃんが首を傾げます。

 

 

こ、この子…もしや。

 

 

 

「あのね、ルピナスちゃん」

 

 

「なーに、桜ちゃん」

 

 

「リコリスちゃん、ヤキモチ焼いてるんじゃないかな。多分…いや、絶対」

 

 

「え~リコリスがそんな事で拗ねたりする訳ないって~」

 

 

「…」

 

 

 

間違いない。

 

ルピナスちゃんって超絶鈍感だ!!!

 

 

どうして?!

 

少女漫画読んでる時、この主人公本当はA君じゃなくてB君の事好きだよね~!って

やたら的確に作者の思惑を突いたりするのに!!

 

お城の中の恋愛事情もなんか異様に詳しいし、

ルピナスちゃんのおかげでくっついたっていうカップル見かけたりするのに!!

 

 

 

「あ、あのさ、ルピナスちゃん」

 

 

「なーに、桜ちゃん!」

 

 

「リコリスちゃんの事、どう思ってる…?」

 

 

「勿論、大好きだよー!

 家族同然っていうか、お姉ちゃんって感じ!」 

 

 

 

あああああああもう駄目だあ、おしまいだあ……。

 

 

 

内心頭を抱えていると、そうだ!とルピナスちゃんが手を打ちました。

 

もしかして何か状況を打破する秘策が…?!

 

 

「今日はゲームの入荷日だよ、桜ちゃん!!!」

 

 

話変わっちゃってるーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?!?!?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきの話をすっかり忘れたのか、はたまた気にする事をやめたのか、

ルピナスちゃんはおにぎりを頬張って、モグモグと口を動かしています。

 

 

「ふぁふふぁふぁん!ふぁやふいふぉー!(訳:桜ちゃん!早く行こー!)」

 

 

「分かってる分かってる、でもゆっくり食べた方が…」

 

 

するとルピナスちゃんは口の中の物を飲み込んでから、ブンブンと首を横に振りつつ言いました。

 

 

「だってだって!待望の続編なんだよ?!

 続編は絶望的って言われてた…マイナー中のマイナーゲーの続編なんだよ?!」

 

 

「さっきまで忘れてなかったっけ…」 

 

 

あ、たくあんボリボリ齧って聞こえないフリしてる。

 

 

 

それにしても、そんなに早く行きたいなら、私を置いていけば手っ取り早いのに。

 

そうしないのがルピナスちゃんの優しい所ですけどね。

 

 

急かさなければ完璧ですが。

 

 

 

「んん?あれはすずろん!!」

 

 

おーい!とルピナスちゃんが手を振っている方を見ると、黒髪の男性が居ました。

彼女に気付いたのか、此方に歩いてきます。

 

 

 

彼は“氷室すずろ”

 

 

死んだ魚の様な目が特徴的な、いつもヘラヘラとした笑顔を浮かべている三十路の男性です。

 

 

此処に来て結構経つらしく、色んな事を知っている物知りな人でして。

 

ちょっと何を考えているのか分からないミステリアスな所があるものの、

ルピナスちゃんや私の大切な友達です。

 

 

 

近くの席から椅子を一つ拝借し、私達の座るテーブルに混ざって来た、彼の手には。

 

 

「うわ!もう持ってる!」

 

 

っとルピナスちゃんがギョッとした所からお察しですが、彼女の目当てのゲームがありました。

 

 

「そりゃそうだよ~十年近く出るの待ってたんだから~。

 ご飯食べたら帰って早速やるつもり。ふふふのふ」

 

 

「へ、へ、へーーーーーーーーえ…」

 

 

 

ルピナスちゃんの、お茶の入った湯呑を持つ手が、尋常じゃないレベルで、震えています。

 

言うまでも無く羨ましいのでしょう。

 

 

 

「僕もご飯持ってこよーっと!」

 

 

 

………………はっ!!

 

 

カウンターに向かっていったすずろさんを見送ったルピナスちゃんが、

彼が椅子に置きっぱなしにしていったゲームをジーッと見ています!

 

 

「横取りは駄目だよ、ルピナスちゃん。

 もうちょっとで終わるから我慢して。ゲームは逃げも隠れもしないから」

 

 

「わ、分かってるよ!そんな姑息な真似しないよ!多分 

 

 

今、多分って聞こえたような。

 

これは、早い所食べてしまわないと…

すずろさんとルピナスちゃんの仁義なき戦いが巻き起こってしまいますね。

 

 

 

 

 

と思いつつサンドイッチを食べていると、すずろさんがハンバーガー片手に戻って来ました。

 

 

「二人は今日何すんの?やっぱゲーム?」

 

 

「当然!何といっても二人用ですからな!」

 

 

 

え、じゃあ。

 

 

 

「すずろさん、誰とするんですか…?」

 

 

恐る恐る訊ねると、すずろさんは清々しい笑顔で答えました。

 

 

「ぼっちに優しいNPCという存在がいるんだよ、桜ちゃん!!」

 

 

「すずろさん…」「すずろん…」

 

 

ルピナスちゃんが紙ナプキンを目元に当てながら、彼の肩をポンと叩きます。

 

 

「大丈夫、私達が友達だから…」

 

 

「じゃあ一緒n「でも今回はNPCと仲良くしてて…」ひっどーい!!」

 

 

 

ぐぐいっとお茶を飲み干したルピナスちゃんは、

丁度サンドイッチを食べ終えた所だった私をひょいと抱えて走り出しました。

 

逃走したかったのか、早くゲームを手に入れたかったのか。

 

 

きっとどちらもでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうそう、このお城には、色んなお店があるんです。

 

本屋さん、服屋さん…等々。

 

 

ちなみにお金は要りません。

好きな時に好きな物を手に入れる事が出来ます。

 

なんでも、向こうの世界のお店に並んでいる物の情報を自動で読み込んで

此方に出現するようにしてあるのだとか。

 

 

ついでに言うと、大浴場、映画館や水族館、遊園地といった施設…

更に加えると、一人一人に個室が用意されていたりします。

 

 

此処に来た人達は、この豪華なデパートの様な場所で、日々を過ごしているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったー!到着~!」

 

 

私を降ろした後、ルピナスちゃんは足早に店の中に入って行き…

 

 

 

暫くして、やたら大量のゲームを持って戻ってきました。

 

 

 

「あれ、そんなにどうしたの?」

 

 

不思議に思って訊ねると、ルピナスちゃんはもじもじと気不味そうに口を開き。

 

 

「えっとね、考えたんだけど…や、やっぱすずろんも誘わない?」

 

 

と上目遣いに見てきました。

 

 

「新作のは、すずろんが持ってるしさ。他のやついっぱい持って来たの。

 三人で遊ぼうと思って」

 

 

 

素敵な提案を、断る理由はありません。

 

私は頷きました。

 

 

 

「良いね、それ!すずろさんも喜んでくれると思うよ」

 

 

すると彼女は、照れ臭そうに。

 

 

「ありがと、桜ちゃん」

 

 

そう言って笑ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人ですずろさんの部屋を訪ねると、出迎えてくれた彼は驚いた様に目をパチクリ。

 

 

 

「え、どうしたの?NPCと戯れてる僕を酒の肴にしようとしてる?」

 

 

「私まだ16ですし、ルピナスちゃんだって外見的には10代ですから違いますよ!

 お酒なんて飲みませんっ!…というか、そんな事する程に性格悪くないですよ私達?!」

 

 

 

なんかすずろさんが卑屈になってる気がする!!

 

いつもの死んだ魚みたいな目がますます濁ってる気がする!!

 

 

こほんと咳払いを一つした後、私は続けます。

 

 

「ルピナスちゃんが、三人でゲームしたいみたいで。

 さっきのは冗談だったんですって」

 

 

ね?と同意を求めると、黒いマフラーを片手で弄りながら、彼女はこくこくと頷きます。

 

 

「ごめんすずろん」

 

 

拗ねた様にぼそりと謝ったルピナスちゃんに、すずろさんは笑い掛けました。

 

 

「いいよ」

 

 

 

…よし、これで仲直り達成ですね!

 

 

と思ったら。

 

 

もはや流石と言わざるを得ない切り替えの早さを発揮したルピナスちゃんが、

彼がつい先程まで使っていたらしいゲーム機を指差しながら言ったのです。

 

 

 

「すずろーん!データ消していーい?

 どうせ私達とやるんだから、NPCとの思い出なんて消しちゃうねー!」

 

 

「待って!!!!僕とNPCの45分の軌跡に触らないでえ!!!!!!」

 

 

 

…やれやれ!仲裁役も大変!

 

ゲーム機を取り合う二人を眺めながら、私は苦笑するのでした。