二片目:6月14日:後編


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかったねえ!特に最後の急降下からのグルグル大回転!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伸びをしながら笑ったルピナスちゃんとは対照的に、

ベンチに座っているすずろさんは沈黙しています。

 

まるで燃え尽きて灰になった様でした。

 

 

無理もありません。

 

 

実は先程、お城にある遊園地で一番を誇る超弩級のジェットコースターに乗ったのですが、

上下左右が分からなくなる程に縦横無尽だったのです。

 

洗濯機の中に放り込まれた様な感覚でした。

 

真ん中辺りに座っていた私でさえ半端なく怖かったのですから、

先頭にいた(無理矢理ルピナスちゃんに乗せられてました)すずろさんは尚更だった事でしょう。

 

 

 

 

内心同情していると、死んだ魚の様な目をますます濁らせたすずろさんは、

この世の終わりとでも言いたそうな顔で口を開きました。

 

 

「僕はもう駄目だ…置いて行くんだ二人とm「何言ってるのすずろん!!逃げられると思うなよ!!引きずってでも連れて行くもんねーーーーーー!!」

 

 

彼の言葉を遮ってルピナスちゃんがそう叫ぶと、

すずろさんはベンチから立ち上がって、大袈裟な身振りと共に。

 

 

「そんなの足手まといじゃんやだやだやだーーーーーーー!!」

 

 

と、三十路の男性が言ってはいけない様な言葉を発しました。

 

 

「馬鹿!足手まといなんかじゃないよ馬鹿!私達友達じゃない馬鹿!

 駄々こねるな見苦しいよ馬鹿!すずろんの馬鹿!もひとつおまけに馬鹿!!」

 

「ねえ馬鹿って言い過ぎぃ"!!

 

 

すずろさんは笑顔で血涙を流しながら、ルピナスちゃんの両頬をむいーんと引っ張ります。

 

 

 

 

 

わあ…すごく伸びてる…柔らかそうで良いなあ。私もやりたいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

………いやいやいや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気の迷いを絶って、私はモチモチのびのびと頬で遊ばれているルピナスちゃんに視線を戻し…

 

 

 

「ひゃふらひゃんほひゃるー?(訳:桜ちゃんもやるー?)」

 

「やる!!」

 

 

 

 

あ。

 

 

 

しまっ……

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

………………えーっと。

 

 

 

 

はい認めます気の迷い絶てていませんでしたすみません嘘吐きました。

 

 

 

即答したせいか、二人が明らかに微笑ましい笑顔をしながら此方を見ていました。

 

 

「桜ちゃんがあんなに声張り上げるなんて。珍しい事もあるもんだねぇ」

 

「すずろんより大人っぽいのにね」

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 

暫く沈黙してから、すずろさんは清々しいスマイルと共に言いました。

 

 

「超同意~~☆」

 

「否定出来る様に頑張ろっか、すずろん☆」

 

 

呆れかえった様子(しかし表情だけ見ると笑顔)のルピナスちゃんは、

すずろさんの頭をスパーンと叩いた後、痛みで悶える彼に見向きもせず。

 

とててっと私に近付きながら言いました。

 

 

「さあさあ、桜ちゃんっ!存分にモチモチしておくれぃ!」

 

 

 

わーーーーーいっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバリ、極上のもち肌でした。

 

桜餅に匹敵するモチモチ加減に感動を覚えました。

 

 

 

いやはや、良い体験させて貰っちゃったなあ……ふふふ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェットコースター系は避け(軽くトラウマになったらしいすずろさんが全身全霊で拒んだので)、

コーヒーカップやメリーゴーランド等、平和なアトラクションを楽しんだ後、

締めとして観覧車に乗っている最中。

 

クタクタなのか目が半開きになっているすずろさんを眺めながら、

ルピナスちゃんが困った様に言いました。

 

 

「ねね。これが終わったらちょっと早いけどお昼ご飯食べて、お開きにしよ」

 

 

きっと、すずろさんの体力が持たないと思ったのでしょう。

 

残念ではありますが、これには私も賛成です。

 

 

 

そうだね、また今度に。

 

 

…と言おうとした時、ハッとなったすずろさんが口を開きました。

 

 

「なんで?!イルカショーと映画とカラオケは?!」

 

 

「中止中止。そんなフラフラな状態じゃ、すずろん倒れちゃうでしょ。

 時間はいつでもある訳だし、今日無理する必要ないって

 

 

ルピナスちゃんの言葉は正論そのものです。

 

 

私達にはいつでも時間があって…毎日暇と言っても過言では無いのですから。

 

よって無理する必要は欠片も無く、後日に回しても何の問題もありません。

 

 

 

 

でも。

 

 

 

それなのに、その筈なのに……すずろさんは、腑に落ちない様子でした。

 

コートの端をギュッと握り、悲しそうな、悔しそうな…そんな目をしています。

 

 

…かと思えば、すぐにいつものヘラヘラした笑顔を浮かべて。

 

 

「もっと体力付けないと駄目だねぇ、僕。筋トレでも始めよっかなー」

 

 

そんな冗談を口にしました。

 

するとルピナスちゃんがブフッと噴き出し。

 

 

「筋トレってあれでしょ。ぷろていん、ってやつ飲むんだよね?

 うっわーどうしよー!すずろんがムッキムキになったら絶対面白いよ桜ちゃん!」

 

 

確かに面白そう。面白いか面白くないか聞かれたら、面白い一択な位には面白そう。

 

…という事で頷くと、すずろさんはむーっと頬を膨らませました。

 

 

「二人してムキムキな僕否定するのやめてくれますぅ?!傷つくんだけど?!」

 

「だってすずろんってモヤシみたいにひょろひょろじゃん。

 筋肉全然似合わないっていうか。想像しただけで笑う」

 

「死んだ魚みたいな目のマッチョさんって斬新で良いと思います」

 

「ルピナス真顔でマジレスすんのやめて下さーい!!!!

 桜ちゃんのは何のフォローにもなってないからねー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観覧車から降りた後、食堂に向かう最中。

 

ルピナスちゃんが結構な頻度で思い出し笑いをし(多分ムキムキなすずろさんのイメージ図で)、

すずろさんがその度に頬を膨らませて、私が彼を宥める…

 

…ずっとそんな感じでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ。良い事思いついたー」

 

 

エビフライにタルタルソースをかけながら、ルピナスちゃんがそう切り出します。

 

すずろさんと私が首を傾げると、彼女は得意気に言いました。

 

 

「すずろんが疲れてて皆でアクティブに遊べないんなら

 すずろんとこでゲームの続きすれば良いんじゃないかな!」

 

 

「僕が寝落ちする可能性に関しては触れないんですか…」

 

「うん!全クリしといてあげるから気にせず爆睡して、どうぞ!」

 

「滅茶苦茶気にしますけど?!?!

 つまり結局自分がゲームしたいだけだよねえ?!?!」

 

ゲームがしたくて何が悪いのだあーーーーーーーーーーー!!!」

 

「開き直ったーーーーーーーーーーーーーーーーー?!?!?!」

 

 

いっそ清々しいまでの態度を示すルピナスちゃんに、すずろさんは苦笑していました。

 

も、何処か嬉しそうというか、楽しそうでした。

 

 

「まあどうしてもって言うなら別に良いけどさー。仕方ないなあ、もー」

 

 

しれっと押し付けられたエビフライの尻尾をモシャモシャと処理しつつ、

満更でもなさそうに言った彼に、ルピナスちゃんはうんうんと頷きます。

 

 

「すずろん、今日は何故か異様に私達と遊びたがってるっぽかったからねえー。

 これぞWin‐Winの関係ってやつですな~」

 

「ゲッホゴッホオッホン!!!!!」

 

 

エビフライが喉に詰まったのか、はたまたわざと咳払いしたのか。

 

とにかくすずろさんがむせました。真っ赤な顔で。

 

 

「そ、そんな風に言ったら僕がまるで構ってちゃんみたいじゃないか!やめてよ!」

 

 

「でもでも~すずろん何だかんだで今日一番乗り気だったしぃ~?

 一番張り切ってたしぃ~~~??」

 

 

ひょいひょいと器用にエビフライの尻尾をすずろさんの皿に載せながら、

ルピナスちゃんは意地悪く笑います。

 

話題を変えようとしたのか、すずろさんが皿の上の尻尾群と彼女を交互に見ながら

 

 

「前々から思ってたけど、僕の事完全に残飯処理班にしてるよねルピナス!!」

 

 

そう抗議すると、彼女は微笑んで一言。

 

 

「だって残したら勿体無いよ?」

 

 

「じゃあ自分で食べよっか!!」

 

「それが嫌だから押しつk…任せてるんじゃーん」

 

「今、押しつけてるって言おうとした?言おうとしたよね?ねえ?」 

 

「気のせい気のせい。

 あとさ、すずろん何でも文句言わずに食べるから便利で…じゃなかった、頼もしくって☆」

 

「はいアウトーーーーー!!!今のは完全に聞こえましたぁーーーーー!!!」

 

 

 

桜餅パフェを食べながら、いつも通りな二人のやり取りを見て、何処かホッとする私なのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寝ちゃったねえ」

 

「寝ちゃったねー…」

 

 

私とルピナスちゃんは、顔を見合わせて苦笑します。

 

 

すずろさんの部屋に着いて、ゲームを起動したまでは良いものの…

五分も経たない内に、彼は夢の中に旅立ってしまったのです。

 

 

「まさかこんなに早いとは。本当に疲れてたんだなぁ」

 

 

再起不能になったすずろさんをひょいと抱えてベッドに寝かしつけた後、

ゲームの電源を切って、ルピナスちゃんは言いました。

 

 

「うるさくしたらゆっくり寝られないと思うし、

 この後二人で遊ぶのも良いけど、今日ばかりはそれだとすずろんがうるさそうだし…

 今日は、お開きにしちゃお」

 

 

彼女の苦笑に苦笑を返して頷いたら、

ルピナスちゃんは、すずろんの体力の無さには困ったもんだね!と肩を竦めて笑いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すずろさんの部屋を出て、私達は挨拶を交わします。

 

 

 

「また明日、桜ちゃん!」

 

 

「うん。また明日、遊ぼうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また明日。

 

 

 

 

 

 

変わらない普段通りの日々を迎えると、誰もが信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それなのに。