数週間ぶりに会った桜ちゃんと別れ、僕は自室に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋の扉を締め、鍵を掛けたと同時に、一人の少女が部屋の中に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

「計画について、ちゃんと覚えてくれていますか？」

 

 

 

 

単刀直入な問いに、僕は答える。

 

 

 

「勿論」

 

 

 

すると彼女は静かに微笑んだ。

 

 

 

「それなら良かった。確認に来る必要はありませんでしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕がこの城に来た時、一番初めに会った少女。

 

 

 

 

 

僕が桜の木に触れようとした時、制止した少女。

 

 

 

 

 

ルピナスやリコリスに、瓜二つな少女。

 

 

 

 

 

 

 

…世界を滅ぼした少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

青い髪を揺らし、彼女は謳う様に語る。

 

「計画は着々と進んでいます。

　最も重要な…創造の本の封印を次期創造主が解く工程は、一週間もしない内に終わるでしょう」

 

 

 

世界が滅んでから一ヵ月も経たないのに、随分と早い。

 

 

 

そう思いつつ頷く僕に、彼女は

 

 

「報告は以上です。それでは予定通り、宜しくお願いします」

 

 

と残して、早々に去ろうとした。

 

 

 

 

けれど。

 

 

 

 

「待って。聞きたい事がある」

 

 

 

 

僕は引き留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

計画の事も、彼女の正体も知っている。

 

 

 

 

だけど、まだ知らない事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず一つは。

 

 

 

 

 

「僕の父さんや母さんや妹……僕の家族を、君は手に掛けた？」

 

 

「いいえ」

 

 

有無を言わせない即答の後、彼女は続けた。

 

 

「お母様は、世界滅亡以前に病気で亡くなっていました。

　お父様や妹さんは、まだ生きています」

 

 

 

真っ直ぐな瞳からは、嘘の匂いはしない。

 

 

 

片手で数える程度の交流しかした事はなく、仲が良いとは言えない事務的な関係。

 

そんなではあったけれど、彼女が本当の事しか言えない事は判っていた。

 

 

 

 

僕は安心した。

 

 

親友を救う為とはいえ、家族を殺した相手に協力するのは気が乗らないから。

 

 

 

 

母さんが病気で死んだっていうのは凄く…辛い。

 

でも、父さんと朱櫻が無事だと分かった。今はただ、その事実が嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「質問は以上でしょうか」

 

 

 

アイリスは、笑顔を携え淡々と。まるで機械の様に訊ねてくる。

 

 

 

此方の方が余程神様らしいのではないかという気さえしてくる。

 

 

ルピナスが人間らし過ぎるって話なのかも知れないけど。

 

 

 

「いや、あと二つ」

 

 

怖気づきそうになりながら指を二本立てると、アイリスは快く頷いた。

 

 

「分かりました。どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

…どうにもやり辛い。この少女との会話は。

 

 

 

それでも、知っておかなければいけない事だから。

 

 

 

 

 

 

 

「今更こんな事聞くのもあれだけどさ。

　君は、本当にこれで良いの？」

 

 

 

 

「はい。これが一番安全に事が進む方法だと判断しました。

　無論、失敗してしまった後の惨事は言うまでもありませんが、

　成功を目指すのであれば一番かと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友達でもない。

 

 

家族でもない。

 

 

 

偶然利害が一致しただけ。

 

 

 

 

心配する義理もない。

 

 

止める権利もない。

 

 

 

 

 

 

だけど何故か、聞いておきたかった。

 

 

興味があった。

 

 

 

あんな計画を立てて実行しても、平気な顔を保って淡々と語る少女の、本心に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕が聞きたいのは、事実じゃなくて。

　君がどう思っているか、なんだけどな」

 

 

 

貼り付いた様な、プログラムされたかの様な、

もはやそれがデフォルトであるかの様な笑顔の少女は、瞬きすらしないで。

 

 

「それが私の存在意義と捉えていますし、何の後悔もありません」

 

 

 

じっと僕を見つめながら、顔色一つ変えず断言した。

 

 

 

 

 

彼女は嘘を吐かないと、僕は知っている。

 

 

 

 

 

「どうして、そんな事言えるの。

　自分を犠牲にする事にどうしてそこまで躊躇いが無いんだ、君は」

 

 

 

 

思わず口から漏れた疑問に、アイリスはきょとんとした目で答えた。

 

 

 

その口から飛び出した発言は、僕を唖然とさせるには十分過ぎた。

 

 

 

 

 

 

「だって私が居なくなったとしても、何の問題もありませんから」

 

 

 

 

 

そう、としか言えなかった。

 

 

こんなにも悲しい事を平気で口にする少女に。

 

 

どんな言葉を贈れば良いのか、分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黙り込む僕に、アイリスは言う。

 

 

 

 

「あと一つ質問があるのですよね。何でしょう」

 

 

 

 

 

 

…聞かない方が良い気がした。

 

 

でも、知りたいという想いが僕を喋らせた。

 

 

 

 

 

「どうしてあの時、僕を助けたの。

　此処に僕を連れて来たのは君、だよね」

 

 

 

「貴方には将来性がありました。

　元々、この状況に陥るのは時間の問題であると私は考えていましたし、

　利用価値がありそうな人材を見過ごす事は出来ません」

 

 

 

 

 

将来性。

 

 

 

利用価値。

 

 

 

人材。

 

 

 

 

「貴方は頭がいいし、機転も効く。

　だから辻褄を合わせて彼女らを導いてくれると踏みました。

　とは言え、こうもスムーズに協力して下さる様な関係性をあの子と築くとまでは

　思っていませんでしたが」

 

 

 

 

 

 

「僕は君にとっての何」

 

 

 

 

 

「協力者です」

 

 

 

「違う。君は、僕を道具としてしか見ていない」

 

 

 

 

 

 

無機質な瞳が瞬く。

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、聞かなければ良かった。

 

 

 

神様ではないのに神様らしいこの少女にとって、僕を含む人間は駒でしかない。

 

 

 

目的を果たす為の、道具でしかないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「否定しても意味が無いと判断しますね。しかしこれだけは言わせて下さい。

　私は感謝しています。貴方が居なければ、この計画はスムーズに進まない。

　だから本当に、有難う」

 

 

 

 

 

 

 

僕は何も言わなかった。

 

 

 

 

いや。

 

 

 

何も、言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するとアイリスは、会話の終了を告げるかの様に頷いて。

 

 

声色や表情とは裏腹に、光はあるのに虚無の様に思える瞳で僕を見つめながら言った。

 

 

 

 

 

「それでは改めて、協力宜しくお願いします」

 

 

 

 

 

途端。

 

 

 

 

 

彼女の身体は再び空気に溶け始め。

 

 

 

瞬きを数回した後には、見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

まるで初めから、そこに何も無かったみたいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

挨拶すら無く、僕達は言葉を交わし。

 

 

挨拶すら無く、それぞれのやるべき事をする為に解散する。

 

 

 

 

 

これは何と言う関係なんだろう。

 

 

 

 

分からない。

 

 

 

 

 

でも一番分からないのは。

 

 

 

 

 

ここまで友好的に突き放されても尚、もしかしたら分かり合えるのでは無いかと思っている、

僕自身だった。