一片目:旅は道連れ


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六月十四日…俺の誕生日。

 

 

 

 

そして、世界が滅んだ日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界が滅んだ、と理解するまでにそれ程時間はいらなかった。

 

 

 

見渡す限り崩壊した建物による瓦礫の山。

 

そして、不自然に食い千切られた死体。

 

 

 

それだけで十分だった。

 

 

 

 

大量の隕石が降って来て、沢山の人が命を落とした。

 

いつの間にか存在していた、謎の黒い獣の様な生き物が生き残った人々を襲った。

 

 

…ほら、たった二行で説明が終わってしまう。

 

こんなにあっさりと世界ってのは終わってしまうんだぜ。笑っちまうよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺以外に誰か生きているのか。

 

なんで俺は生き残ってしまったんだ。

 

     

そんな不安に駆られた事もあった。

 

 

 

でも、今は違う。

そんな事を考えている場合じゃない。

 

自殺する勇気はないし、謎の生き物…ケモノに喰われる勇気もない。

 

 

…死にたくなかったんだ。

 

 

あんただって俺の立場になったら分かるさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兎にも角にも運よく生き残ってしまった元普通の高校生である俺は、

世界が終わって七回目の夜が明けるのを、じっと待っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでじっとしてるか?

 

 

簡単に言うと、夜はケモノの時間だからだ。

 

 

どうも日光が苦手らしいあいつらは、朝や夕方にかけてピタリと姿を消す。

そんでもって、日が沈んで月が見えて来る頃…何処からともなく現れて、獲物を求め彷徨う。

 

 

そんな訳で、俺はすっかり夜型の人間になっていた。

 

いやだってさ、夜寝たりなんかしてみろよ。

一生目覚めないなんて事になりかねんぞ。

 

そんなのは御免だし…つまりは不可抗力ってやつ。

 

 

 

朝に寝て昼に起きる生活って、結構久し振りの感覚だぜ。

 

夏休みとか、冬休みとか、生活リズム狂いまくってたのを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、幸いケモノに見つかっても逃げ切る体力はあるから無傷で生き延びてたりする。

ホームセンターに寄って、ナイフとロープを手に入れてたりもする。

 

いやぁ、サバイバル気分!!

 

…一応言い訳しておくと、無理にテンション上げないとやってけないってだけです安心して下さい俺は平常です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え、風呂?ある訳ないだろそんなもん。

 

 

俺が女だったら匂いとか気にしたかもしれないけど、

れっきとした男なもんでそんな事は気にしないのである。

 

 

男ならぬだからな!ふはは!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こほん。

 

 

 

 

 

 

 

えーっとまあそんな感じだから、あんまり不自由とかは感じてなかったりする。

 

 

…ただ、あえて挙げるなら食料の確保が面倒。

 

なんせスーパーなんてものは既にボロボロになってるし、電気だって止まってる。

奇跡的に売り物が残ってたとしても、保存状態最悪な訳。

 

 

…しかーし!

 

 

 

 

その中でも無事なものがある。

 

何だと思う?

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、時代が生んだ奇跡の産物…乾パンとお菓子だ。

 

 

正直な話、あったかいご飯を思い出しては切ない気分に陥ってるんだけd「誰か助けてなのねーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」

 

 

 

 

ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ?!?!?!?!

 

 

 

 

 

 

 

び、びびびびびっくりした…なんなの急に…今、男なのか女なのか判断し辛いけど子供なんだろうなって感じの声で雄叫びが聴こえ

 

 

 

 

……え、声?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はそっと岩陰から、声がした方向を覗き見た。

足音から察するに、こっちに向かってる。

 

 

「うぅうぅぅうぅ誰かぁ!!!!!

 だーれーかーいーなーいーのーねーーーー?!」

 

 

またまた叫んだ声の主の姿が、暗闇の中からようやく見えた。

 

 

 

 

 

…てか後ろにケモノ(×10)っておい。

 

 

 

 

 

今も増えてるし。

 

 

 

 

 

 

 

ううむ、まあ、あのサイズなら担いで逃げればなんとかなりそう。

 

せっかく見つけた生存者を失う訳にはいかないからなあ…やるしかない。

 

 

 

…実は俺一応目的があったんだよ。自分以外の生存者探し、っていう。

 

 

 

 

「無理無理無理無理こんなの死ぬに決まってるのね喰われるのね

 無残に喰い散らかされるぎゃあああああーーー!!!」

 

 

 

あーもう!!分かったっての!!今助けますから!!

 

 

 

 

 

深呼吸を一つした後、速やかに行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やった事を簡単に説明するとこう。

 

 

1.声の主(チビだったのでチビと呼ぶ事にする)が俺の居る岩を通りかかるのを待つ

 

2.チビのクソ長い袖を引っ張る(びっくりしたのか間抜けな声を上げていた)

 

3.チビを肩に乗せる

 

4.安置求めて全力ダッシュ(今ここ)

 

 

 

 

 

 

 

 

それにしても軽いぞこのチビ。ちゃんと飯食ってたのかな。

いや、世界がこんな事になったのにまともに飯食ってた方がおかしいんだけど。

 

 

 

「ええっと、お、お前人間なのね?とりあえず礼を言っておくのね!

 助けてくれてわっぷ!?

 

 

チビの頭は俺の顔のすぐ横にあるから、口を手で塞がせて貰った。騒がれるとマズイ。

 

 

「すまん、ちょっと静かにしててくれ」

 

 

俺が小声でそう言うと、チビは空気を読んだのかぼそぼそと訊ねてきた。

 

 

 

 

「なんで?」

 

 

 

なんでって…いやいやいや??

 

 

 

「あいつらから逃げる為に決まってんだろ。まさか何も知らずに生き延びたってのか…?」

 

 

畏怖と尊敬の意を込めて質問すると、チビは即答しやがった。

 

 

 

「うん」

 

 

 

 

わぁこいつ天才か。とんだ奴に出会っちまったぜ!

 

 

 

「まぁ…後で生き延びる為の知識でも授けてあげましょう…」

 

 

「そりゃ助かるのねー」

     

 

 

そんな風にやり取りを終え、俺は背後をちらりと見る。

 

 

 

 

ケモノの数は大分減っていた。

 

上手く撒けてる…あとちょっと。

 

 

 

極力足音を立てない様に集中しつつ、俺は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残り一体になったので、走るのをパタリと止める。

 

 

 

からのー…そろりそろりと抜き足、差し足、忍び足…。

 

 

 

 

するとケモノはすっかり俺達の居場所を見失ったらしく、

走るのを止めてテクテク歩き始め……

 

 

 

………どっか行った。

 

 

 

 

はっはっは!ざっとこんなもんよ!ちょろいもんだぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りに奴らがいない事を確認した後、俺は肩に乗せていたチビを下ろす。

 

 

「もう大丈夫だ」

 

 

伸びをしながらそう言って、視線をチビに向ける。

 

 

 

 

 

…あ、可愛い。

 

 

 

 

薄めの金髪は肩までの長さで、前髪は白いリボンで結い上げている。

オーバーオールと白いワンピースを着ている所から察するに、女なんだろう。

それに、あたいって言ってた気がするし。

 

 

 

 

それはさておきなんか様子がおかしいぞ。ずっと固まって青冷めてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警戒しつつ眺めていると、チビは突然うっぷと肩を上下させた。

 

 

 

 

まさか。

 

 

 

「酔ったのね…吐きそ…」

 

 

 

 

ややややっぱりぃ…。

 

 

 

「どっか適当な場所で吐いて来いよ」

 

 

 

俺がそう言うと、チビはむっと頬を膨らませた後、ブーツで俺の脛を蹴り上げやがった。

 

ちくしょう命の恩人になんて事しやがる…痛くも痒くもなかったから許すけど…。

 

 

 

「じ、次期創造主のあたいがそんなはしたない事できる訳ないのねッ!!」

 

「じきそーぞーしゅ?」

 

 

 

 

なんだそりゃこいつ中二病かよ。

 

 

 

 

可哀そうなものを見る目が気に食わなかったのか、チビが睨みつけて来る。

 

 

「なんなのねその目は…うぷっ…」

 

 

 

やべぇこいつ。

早く色々な意味で何とかしないと。

 

 

 

幸いにも現在地は運良く商店街(だったもの)だ。

店の跡地にトイレくらい残ってたりするだろう…しないかなぁ…して下さい…じゃなきゃ泣く…。

 

あと、早く寝たいよう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比較的原型が残っていた店の跡地を見つけてお邪魔し、チビを速やかにトイレに押し込んだ。

 

 

 

数秒後。

 

 

ドア越しに、ねえ。と声を掛けられた。

 

 

 

「何ですk「このトイレって水ちゃんと流れる?」知るかそんな事!!」

 

 

トイレにでも聞いてよお"!!!

 

 

 

「…俺、二階に居るから終わったら来いよな。

 でもって、ちょっと寝るつもりだから、絶対邪魔すんなよ」

 

 

 

 

返事は無い。お取り込み中の様だ。

 

 

 

まあちゃんと聴こえてただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、当たり」

 

 

二階を見渡しながら、思わず声に出していた。

 

     

 

屋根はなかったけど部屋の原型はある。六畳間の和室だ。

 

畳をブーツで踏むのは如何なものかと何となく思ったので、

部屋の入り口で脱いで壁に立て掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと視線をやると、鏡台が目に止まった。

 

少し曇っていたけど十分使える。

 

 

 

 

 

短い白髪。

 

もみあげの部分だけ長く、

先端付近は桜の花の形をした飾りが付いた可愛らしいゴムで結ばれている。

 

 

黒いフード付きのパーカーは、サイズが合っていないせいで左肩が見えてしまっているが…

俺はお洒落だと思っています。

 

 

ピンク色のインナーに、黒いズボン。

 

さっきまで太股の辺りまである黒いロングブーツを履いていた。

 

 

顔からは女々しさが感じられる。

十六歳の男とは言い難いかもしれない。

 

 

 

でも、それが俺。

 

 

 

ゴムは趣味って訳じゃない。

ただ、母さんが俺の名前の由来のアクセサリーだって言って押しつけて来ただけ。

恥ずかしいから学校に付けて行った事はなかったけど、今は付けてる。

 

……付けたら勇気が貰える気がしたんだ。何となく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鏡から視線を外し、俺は押し入れっぽい場所へ近付いた。

 

 

 

中を見ると…布団が一式。

此処の住民は一人暮らしだったのかしら。

 

 

勝手に人の布団を使うのは気が引けるけど、硬い畳に寝転ぶよりは全然良い。

ちょっと借ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

肩掛けカバンを適当に置いて布団を敷いた。

少し埃が舞ったけど気にしない、気にしない。

 

 

 

そそくさと布団に潜り込んで、頭だけをひょっこり出し……

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………思わず、感動で震えた。

 

 

 

 

 

 

布団って、神か。

 

 

 

 

 

つい最近…世界が滅亡する前まではベッドでスヤスヤ眠っていた俺だけど、

今の生活になってからは地面やコンクリを寝床にしてたんだよね。

 

 

 

 

あー涙が出そうなくらいに柔らかい…布団様最高…拝もう…。

 

 

 

 

 

 

今度デパートか何かの跡地を探して絶対に寝袋を手に入れてやろうと心に決め、

瞼を閉じ…

「何一人だけ布団で寝ようとしてんのね」

ようとしたんだけどなぁー!!

     

 

 

 

 

 

布団を引っ張られて強制的に転がり出された俺は、

震えながら犯人に叫んだ。

 

 

「何すんだチビ!!ちょっと寝るから邪魔すんなって言ったよな!?」

 

 

疲れていたからかムキになってしまった事にハッと気が付く。大人げねぇ。

 

 

「あっと…すまん…。とりあえず寝かせてくれ」

 

 

 

 

 

謝ってから立ち上がり、チビが両手で掴んだままの布団を取り返そうと試みる。

 

 

 

 

 

引っ張る。引っ張られる。

 

 

 

 

…引っ張る。引っ張られる。

 

 

 

 

………引っ張る。引っ張られる。

 

 

 

 

この野郎。

なんだこの握力。

 

 

 

 

 

内心いらっとしていると、チビが口を開いた。

 

 

「あたいも布団で寝たいのね。お前はそこの押し入れにでも入って寝ろなのね」

 

「俺は某ネコ型ロボットかよ!!」

 

 

つーか某ネコ型ロボット、押し入れの中に布団敷いて寝てるっつーの!!

 

…ん?…あれ…って事は俺もっと酷い扱いされてる…?

 

 

 

いーや待て待て流されるな…そもそもなんで俺が布団を譲る前提なんだ…。

 

 

 

 

「お前何様だよ。俺は命の恩人なんだぞ」

 

 

ジトーっと見ながらそう言うと、チビはぐっ…!と悔しそうに呻いた。

 

 

「そ、それは………と、とにかくっ!あたいは布団が良いのね!!」

 

 

 

 

こいつ。

 

駄々こねれば俺がはいどうぞどうぞなんて言うと思ったか甘い甘い!

 

 

 

 

「おいチビ俺が先に見つk「さっきからチビチビうるせえぞ男女」男女ァ"?!

 

「だって女の癖して俺って言ってるじゃないのね」

 

 

 

 

…。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしたのね」

 

 

 

 

 

 

 

こころがぽきりとおれました。

 

 

 

 

 

 

女顔って言われるの気にしてるのに…女顔どころか今女って断言された…。

 

 

 

 

う……うええん……

 

 

 

 

 

 

俺は布団から手を離し、部屋の隅で体育座りする。

 

 

 

「え…あの…ごめんなのね…?」

 

 

 

あまりの変貌からか、チビが本気で申し訳なさそうに謝って来た。余計に心が抉られた

 

 

 

「それ…やるから…放っておいて下さい…」

 

「でも」

 

「いいから…」

 

「あ、はい…」

 

 

 

なんでお前まで敬語になってんの。

 

こんなガキに気を遣わせてる俺って何なの。

 

 

ふふ…ふふふ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チビは気不味さからか無駄にぎこちない動作で布団を敷き直し、掛け布団に潜っていった。

 

 

そんなチビを見届けて乾いた笑みを浮かべていると、ふと鏡に目が行った。

 

 

 

 

そこには、死んだ魚の様な目をした俺がいた。

 

 

 

何故か、無性に虚しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んが…っ」

 

 

 

 

自分の何とも言えない不抜けた声で目が覚める。

 

 

いつの間にか寝ていたらしい。

 

 

 

 

それはさておき何故か視界が暗いのですが真っ暗なのですがうわ何で…

 

 

 

 

 

…………って

 

 

 

 

「布団様じゃないですかーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

体の上に乗っかっていた布団様を掴んで降ろしてから乗っかり、俺はそう叫んだ。

 

 

 

わーい!!ふかふかだー!!わーいわーい!!

 

 

 

 

 

………………ん?

 

 

 

 

 

何やら視線を感じて見てみると。

 

敷き布団の上で胡坐を掻いているチビと、目が合った。

 

 

 

 

 

「…………………ぷっ」

 

「今笑った?」

 

「いや?」

 

「笑ったよな?」

 

「案外可愛い所もあるんすね???」

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお"!!!!!」

 

 

 

 

はしゃいでる所見られた笑われたつらいつら過ぎる恥ずかしさで死ねる気がするちくしょうがああああああああああ"!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで。

 これ、もしかしてもしかしなくても、お前が?」

 

 

色々落ち着いた後、布団を指さしながらそう訊ねると、チビはふいっと顔を背けて言った。

 

 

「強風でそっちに飛んで行っただけ」

 

 

「やべぇな」

 

「やべぇのね」

 

 

 

 

親切心からの行為だったんだろうなと察した。

 

 

 

それにしても素直じゃないな。

これはこっちが年上として素直になってやるべきか、うんうん。

 

 

 

俺はやれやれと立ち上がってチビに近付き、ちっさい頭にぽんっと軽く手を乗せる。

 

 

「有難うな」

 

「な、何の事なのね」

 

 

なにやら慌てた様子だが、照れ隠しだろう。

 

 

「別に。言いたくなったってだけ」

 

「ふーん…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敷き布団にお邪魔して腰を下ろし、とりあえず自己紹介でもしようと提案したら、

それもそうだねとチビが頷いたので…早速。

 

 

「じゃあ俺から。名前はサクラ…れっきとした男だ。れっきとした、男だ

 

 

「なんで二回言ったのね」

 

 

「大事な事だから」

 

 

 

こほんと咳払いをして気を取り直し、続ける。

 

 

「現在十六歳の元高校一年生。

 受験頑張ったにも関わらず高校生活はたったの二ヶ月で終わってしまった可哀想な…

 れっきとした、男だ

 

 

「しつけぇのね。わかったわかったれっきとした男なのね、はいはい」

 

 

 

馬鹿にされてる気がするけどきっと気のせいですよね。

 

 

 

「ちなみに誕生日の六月十四日に世界が滅んだんだぜ。

 ここまで不憫だと逆に笑えてく…」

 

 

 

言い掛けて俺は止めた。

 

チビが顔色を明らかに変えたからだ。

 

 

 

「六月…十四日…」

 

 

 

 

ぼそりと呟いて、チビは黙り込む。

 

 

 

 

 

「お、おい。どうしたんだよ突然」

 

 

 

訊ねたけど、無反応だった。肩をゆすっても駄目だ。

 

 

 

 

こいつにとってあの日は、世界が滅んだ他に何かあったのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くして、チビは口を開いた。

 

 

「あの日…あの日は、ママの誕生日だったのね」

 

 

 

こいつの母さんと俺、誕生日一緒なんだ。偶然だな。

 

チビが持ち直した事にホッとしつつ、次の言葉を待つ。

 

 

 

…が、また黙った。言うか言うまいか悩んでいる素振りだ。

 

 

 

「とりあえず、話してみろよ。多分楽になるんじゃないか?」

 

 

促すと、チビは震える声で言う。

 

 

「なんで、サクラは会ったばかりのあたいに優しくしてくれるの」

 

 

 

なんでって、そりゃあれだろ。

俺が探し求めていた自分以外の生存者だから………………………

 

 

……それも一理ある。

 

 

でもなんていうか…そうだな。

 

 

 

 

「正直、なんだこいつせっかく助けてやったのに生意気だし素直じゃねぇし

 気にいらねーなとか思ったけどさ」

 

 

チビが目を点にした。

 

 

気にせず続ける。

 

 

「…でも、案外気を配れる所もあるし、面白い所あるし…嫌いとは思わなかったっつーか」

 

 

うん。

 

 

「つまり、優しくする理由なんて、好きだからなんじゃねーの?」

     

 

 

 

途端。

 

 

チビが盛大に噴き出した。

 

 

 

 

その後、真っ赤になってブルブル震えながら唇をわなわなと震わせた。

 

 

 

「す、す、す、す…って…それ…ど…ゆう…」

 

 

 

げっ、まずいめっちゃ拳握ってる!!怒ってるのかこれ?!

 

殴られる?殴られる?こいつの攻撃痛く無いけど、殴られるのは嫌だ。

 

 

 

謝っとこ。

 

 

 

「ごめん冗談「はあ"?!?!?!?!?!?!?!」

 

 

 

あれ逆効果?!

 

なんでだよ!むしろヒートアップしてるんだけど!

 

 

 

「ご、ごっ…誤解を招く発言は慎めなのねちくしょうが!!」

 

 

 

一体何を誤解したと言うんだこいつは……成る程分からん。

まあ元気にはなったみたいだし、結果オーライって事で良いだろ。

 

 

 

 

頭をポカポカと殴られながら、そんな事を考える俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり元気を取り戻したチビ曰く、

六月十四日は母親の誕生日であると同時に両親を失った日でもあるらしい。

 

 

父は世界滅亡後、チビの目の前で自殺。

 

 

母はその後、チビと逃げている最中にチビを庇って

グロい化け物(俺で言うケモノだろう)に殺されたという。

 

 

 

 

…トラウマになる訳だ。

 

 

 

「にしても、お前一人になってからよく死ななかったな」

 

 

こんなに無知だったってのに不思議だ。

運が良いって事なのかな。

 

そんな事を考えながら訊ねたら、チビは答えた。

 

 

「ずっと隠れてたのね。でも、あたいには目的があったから…」

 

 

ふむ?

 

 

「目的とやらの為に隠れるのを止めたらああなったって事か」

 

 

むすっと悔しそうにしながら頷かれる。

ケモノに追われてたのが恥ずかしかったのかもね。

 

 

 

…あっ、そういえば名前聞きそびれた。

 

 

 

「なあお前の「で、あたいの目的なんだけど」あ、はい」

 

 

 

まあ後で良いか。

 

 

首を傾げたチビに何でも無いです。と言うと、

気を取り直した様に鼻息をふんっと鳴らしてチビは高らかに言った。

 

 

 

「創造主になる為に、この世界の何処かにある創造の本を探しているのね!!」

 

 

 

 

………………そうぞうしゅ?そーぞーのほん?

 

 

やはり中二病だったかー。

 

 

 

 

「何だその設定」

 

 

呆れながら言うと、チビはキレた。

 

 

「設定じゃねぇのね本当なのねッ!!

 この世界を作ったのがあたいのパパで、

 その子供であるあたいは次期創造主だから、

 新しい創造主として神様に認めて貰う為に

 世界を作る為の創造の本を探し出す試練を受けてるって訳!!」

 

「お疲れ様ですー」

 

「信じてよ!!!!!!!」

 

 

 

 

いや、無理だろ。

 

これは駄目だ手に負えねえ。

 

すげぇ壮大な設定語られたけど、どうすれば良いの。

 

 

 

 

言葉を探す為に無言でいると、チビは俺の肩をガシッと掴んで顔をぐぐいっと近づけて来た。

 

 

「ほら!この目を見るのね!次期創造主の証なのね!」

 

 

 

大人のお姉さんとか、同年代の女子ならドキッとしたかもしれないけど、

チビに接近されたぐらいでは心臓はうんともすんとも言わなかった。

 

 

 

「くっそどうでも良い事考えてるでしょ」

 

 

 

 

バレている…だと…?!

 

 

 

「そんな事ねぇって」

 

 

 

そう返した後、近すぎてぼやけて見えたので顔を引いて距離を取ってから、チビの目を見てみる。

 

 

 

 

 

 

…………………わ、びっくり。

 

 

なんていうか…凄く綺麗。

 

 

 

 

まるで夜空…宇宙みたいな、綺麗な紫色。

 

しかもキラキラ瞬く星を連想させる、小さい光の粒が散らばってる。

 

 

 

何より気になったのが瞳孔。対になった翼みたいな形だ。

 

 

 

 

 

 

正直、こんな目は見たこと無い。

 

って事はつまり。

 

 

 

 

 

「すっげー立派なカラコン入れてんだな」

 

「自前なのね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

「うっそだぁ」

 

「信じろよ!!!あたいを信じろよ!!!どこまで信じないつもりなのね?!」

 

「いやぁ…現実味の無い話聞かされて、見た事もない眼球見せられて、

 はいそうですかーって素直に受け入れられる程…俺はもう心が清くないっていうか」

 

 

するとチビは、大きな大きな、それはもう大きな溜息を吐いた。

 

 

 

「まあ仕方ないか…じゃあそれで良いのね…」

 

「拗ねた?」

 

「ちげぇよバーロー」

 

 

 

完全に拗ねてますな。

 

 

中二病は相手にされないと拗ねるんだ、ふむふむ。

とりあえず機嫌直そう。

 

 

 

 

「ごめんって。その目的とやら手伝っt「手伝ってくれるの?!」

 

 

 

ひえっ?!めっちゃ喜んでらっしゃる!!

冗談のつもりだったけど、これNOって言ったら殺されかねんな?!

 

 

 

 

「お、おう」

 

 

苦笑しながらそう答えると、チビは長い袖から手を出して、

俺の手袋に包まれた手を掴んでブンブンと上下に振ってきた。

 

 

「いっやー嬉しいのね!!サクラに会えて良かったあ!わーいわーい!!」

 

 

 

あ。ガチ喜び過ぎて本気で断れなくなった。

もうどうにでもなれ。はは。

 

 

何気に初めて名前で呼ばれたし、会えて良かったとまで言われて悪い気はしな…

 

…あ。

 

名前で思い出したけど、こいつの名前聞いてないじゃん。

 

 

 

 

「お前、名前は?」

 

 

 

そういえばまだ名乗って無かったっけみたいな顔をしたチビがドヤ顔で名乗る。

 

 

 

「アファナーシー・語・ソフィーヤなのね!」

 

 

 

ええっと、アファナーシーって言ったら確か、不滅の…って意味だよな。

ソフィーヤは知識、とか賢さって意味だった気がする。

かたりってなんだ。語るって字で語か?

 

 

 

あの…一つ言っても良いかな?

 

 

偽名臭半端ねぇー…。

 

 

中二病舐めてた。

こんな長々しい名前聞いた事も見た事も無い。

 

 

 

 

「やっぱ痛々し…いえ何でもないです」

 

 

 

睨まれた怖い。

 

 

 

「とりあえずチビd「ほざけ。今名乗ったばかりなのね」

 

 

 

いや、長々し過ぎてどこ取ればいいのか分かんねぇんだっての。

 

むむ…チビが駄目となると…。

 

 

 

「ちんちくりんでいこう」

「何がどうしてそうなった」

 

 

うるせえ他に思いつかなかったんだよーーーーーーーーー。

 

 

 

「語で良いのに…まあ何でも良いのね…」

 

 

 

あ、採用された。

 

 

…っていうかそれならそうと先に言えよ。

今更語呼びにしたらなんとなく恥ずかしいじゃないですかやだもう。

 

 

心の中では語って呼ぶ事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、サクラの瞳孔も不思議なのね。桜型?」

 

「おう。これ、生まれつき」

 

「じゃああたいとお揃いなのね!」

 

 

 

お前はカラコンだろ。とかそんな可哀想な事はもう言わない。

 

適当に相槌を打っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、割れた窓から外を見てみたら、瓦礫が夕日に照らされて橙色に輝いていた。

 

 

 

そろそろケモノの時間だ。

 

 

 

 

きょとんとしている語に、手短にケモノの事を伝える事にした。

 

 

 

「ちんちくりん。お前曰くグロい生き物の事だが…俺はケモノって呼んでる。

 実はあいつら、聴覚はすげぇんだけど…」

 

 

 

ちらりと外を見ると、空気の中から黒い粒みたいな物が現れて、

ぞわぞわと集まり形になっている最中だった。

 

 

 

俺は人指し指を口元に当て、静かにしろよと語に示した後、注意深くそれを観察する。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くの後、それは俺がいつも見てきたケモノの姿に変化した。

 

 

 

獲物がいないかと探る様に、ゆっくりとケモノは商店街を闊歩する。

 

数は…三体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じっとしていると、ケモノの姿は見えなくなった。

 

 

が、俺は万が一に備えて小声で話を続ける。

 

 

 

「聴覚はすげぇんだけど、目と鼻が存在してないみたいなんだよ。

 だから今みたいに静かにしてれば余裕でやり過ごせるし、逃げようと思えば逃げられる」

 

 

語は感心したとでも言う様に、ほぅと息を吐いた。

 

 

「それ全部サクラが?」

 

「おう。観察した結果」

 

「へえ、凄いのね!」

 

 

素直な尊敬の眼差しを向けられて、思わず口元が緩んだ。

 

 

「うわキモっ」

「うるせえ」

 

 

 

ちょっと傷付いたわこの野郎。

 

 

 

「まあ、とにかく…夜はケモノの時間だって分かったろ?

 いつ物音で気付かれるか分かんねえし、絶対に夜は寝るなよ」

 

「…分かったのね。生活リズム変えるの大変そうだけど」

 

 

 

 

頑張れ、俺は二日でやり遂げたぞ。

 

朝夜逆転は体に堪えたけど、命が掛かってる時の人間は馬鹿に出来ない…どうにでもなる。

 

多分。

 

 

 

 

「今夜は此処でやり過ごして、朝が来たらちょっと休もう。

 その後出発って事で良いよな?」

 

 

提案すると、語は目を丸くした。

 

 

「ほ、本当に付いて来てくれるの?」

 

 

「男に二言は無いんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあ、正直な事を言うと、付いて行きたくはなかった。

 

 

今まで通り無難にケモノをやり過ごしていれば、安全に無事に生き延びられるからな。

わざわざ危ない橋なんて渡りたいとは思わないだろ?

 

 

…でもさ。

 

 

こんな世界でこんな生活をして寿命を待つなんて、正直気が遠くなりそうだとも思ってた。

 

 

っていうか絶対ストレスで禿げて胃に穴開いて死ぬ。

 

 

そんなしょうもない無様な人生にしちまうくらいなら、

ちょっと冒険してみた方が良いかなぁ…なんて思ってしまった訳だよ。

 

 

 

 

 

 

もし語の話が本当なら、こいつは新しい世界を作れるって事だし。

 

 

もう終わっちまったこの世界を、未来ある世界に変えられるって事だし。

 

 

 

 

それなら、そっちの方が良い。

 

ずっと続く絶望よりも、少しの希望に賭けてみたい。

 

 

 

 

 

それに、初めて世界滅亡後に会えた人間なんだ。

 

このままさよならなんかしたくないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宜しくな、ちんちくりん」

 

 

俺が差し出した手を、語は強く握り返してきた。

 

 

「此方こそ宜しく。サクラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして。

 

 

長いアホ毛のちんちくりんと、れっきとした男である俺…サクラの旅は始まった。