四片目:Meet again


 

 

 

 

 

 

 

思いっきり息を吸い込み、ヴォルクさんの耳元で大音量で叫ぶ。

 

 

 

「起きろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、肩を掴んで滅茶苦茶に遠慮なく頭が取れるんじゃないかってくらいに揺する。

 

 

 

昔よく母さんにやったもんだ、うんうん懐かしい。

 

これで起きない人間はいないわね!下手すれば永遠に眠るかもしれないけど!

 

って言われた気がするっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリーナが唖然としているのが視界の端でちらりと見えた。

 

 

「私ではこうはいかないのです…サクラさん凄いのです…」

 

 

やったぁ褒められたー…いや、引かれてるのかな…?

 

褒められたって事にしとこ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ヴォルクさん起きた!流石俺!!

 

 

「おはようございます!」

 

 

声を掛けると、片耳を押さえてるヴォルクさんに警戒心丸出し不快感MAXって感じで睨まれた。

 

 

 

 

…めっちゃキレていらっしゃるご様子☆

 

 

 

 

「誰だ、お前」

 

 

 

ひええ…声低っ…怖い…。

 

 

 

ええっとええっと…あ、そうだ…。

 えー、何を隠そう!俺は通りすがりのたびび…t…なーんつって!冗談です!!!

 …あの、ごめんなさいごめんなさい本当にすみませんでした殺さないで下さいお願いします

 

 

 

場を和まそうと思ってちょっとお茶目に言ってみたらますます睨まれたので慌てて謝った。

 

 

 

赤い瞳が俺を射抜く。

 

 

心臓が撃ち抜かれたみたいな錯覚に陥る。

 

 

 

 

ちょっとちびった。

 

 

 

 

…と、と、とりあえず…誰だって聞かれてたから、真面目に名乗ろう。

 

 

 

 

「あの、俺、サクラって言います」

 

 

「へえ」

 

 

あっ。くっそどうでも良さそうに吐き捨てられた。

 

 

「俺は名乗らないからな」

 

「何で、ですか」

 

 

「…」

 

 

あっ。あからさまにシカトされた。

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

そ、そりゃあこっちが悪かったかも知れないけどさ!

 

でも別に悪気があった訳じゃないし、むしろ助けようと思ってたし!

 

 

 

 

…よし!!名誉挽回だおらーーーーーー!!

 

 

 

 

 

俺はカバンから乾パン一缶とミネラルウォーターを一本取り出してヴォルクさんの前に置いた。

 

 

「これ食べて下さい。腹減ってますよね」

 

「要らない」

 

 

……………………俺は…めげない…ッ!!

 

 

「まあまあ、そんな遠慮しないで!どうぞどうぞ!」

 

「嫌だ」

 

「美味しいですから!保証しますから!

 

「嫌だ」

 

 

 

………………………。

 

 

 

う…ううう…!!

 

 

 

こんなに険悪感丸出しで接された事ないよ今までの人生の中で!!なんか涙出てきそう!!

 

 

 

 

 

 

だが退く訳にはいかないのだ!!

 

こっちにだって事情があるんじゃーーーー!!!

 

 

 

 

 

俺は、乾パンの蓋を開けて中身をわし掴んだ。

 

 

 

それからミネラルウォーターのキャップを外した。

 

 

 

 

 

そう。

 

強行突破ならぬ、強行飲食をさせる為だ。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

ぐーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 

 

Q.何の音? A.腹の音!

 

 

Q.どこから聴こえた? A.ヴォルクさんの、腹!

 

 

 

 

 

 

みるみる内に彼が赤面していくのが分かった。

 

 

 

誰の目から見ても明らかだと思う。

 

 

あと、微かに震えてるのも目の錯覚では無いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、装備していた乾パンとミネラルウォーターを、無言でスッ…と差し出した。

 

 

もう何を言っても無駄だと思ったのか、ヴォルクさんは素直にそれを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果:ヴォルクは俺の食糧備蓄を全て食らった。

 

 

 

遠慮しろよ!!ありえん!!まじでありえん!!

流石の俺でも許せないよ!?!?!?

 

 

 

飢えた狼を見ました。

 

めっちゃ怖かったです。

 

 

カバン引ったくられて全部食われました。

 

成す術も無く、瞬く間に食われました。

 

 

 

 

 

なんてこった…せっかくアリアさんが分けてくれた貴重な食料が…。

 

全部…こいつの胃の中に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

軽くなったカバンを担ぎ直した俺は、身ぐるみを剥がされた老人の様にプルプル震えた。

 

 

 

満腹になったらしいヴォルクがぐーすか寝ている隣で、

イリーナが物凄い勢いでごめんなさいと頭を下げて来るのが凄く不憫で。

 

 

逆に申し訳無くなってくる。

 

 

 

 

ヴォルクの良心は全部リヴとイリーナに割かれたんじゃなかろうか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やーっと見つけたわ!サクラー!!」

 

 

 

あ、リヴ…。

 

存在自体が乾いた心に染み渡る…。

 

 

 

走ってこっちに向かって来る彼女に、俺はひらひらと手を振った。

 

 

 

「その様子だと、怪我をしたとかではないみたいね!良かったわ。

 アリアから話は聞いてるから安心して!

 でね、随分帰りが遅いからどうしたのかと思って心配で探しに来たの………

 

 

 …あら?」

 

 

 

言っている最中でイリーナとヴォルクに気が付いたんだろう。

 

リヴは目を輝かせて、勢い良くイリーナに抱き着いた。

 

 

 

「イリーナ、無事だったのね!!はかせも居るじゃない!」

 

 

 

俺とリヴが知り合いだと言う事に驚き、リヴに会えた事に驚き…という風に、

イリーナは俺とリヴを交互に見て目をパチクリとさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リヴが落ち着いた頃を見計らって、俺は彼女に訊ねる。

 

 

「そういえば、リヴは目的を果たせた訳だけど…これからどうするんだ?」

 

 

うーんと悩む素振りを見せた後、彼女は答えた。

 

 

「はかせ次第かしらねー、やっぱり」

 

 

…………………………そりゃあ…そうだよなぁ…。

 

 

「そっかぁ」

 

 

 

別行動になるとしたら寂しい。

 

 

 

 

俺が残念そうにしている事に気が付いたのか、リヴはイリーナに訊ねる。

 

 

「はかせ、何か言ってた?する事があるとか、そういうの」

 

 

するとイリーナは、俺の方を見た後、口にする事を躊躇う様に沈黙した。

 

 

 

 

もしや、俺が居るとマズい話?

 

 

となると…語の様子も気になるし、退散するか。

 

 

 

「そうだ、早くあいつの所行かないと」

 

 

言ってから立ち上がると、リヴが、気を遣わせちゃってごめんねと言った後続けた。

 

「話の結果はどうあれ、挨拶には行かせて貰うから。フードコーナーで良いのよね?」

 

「おう。語の体調が良くなるまでにまだ掛かるだろうし、当分は其処に居るよ」

 

「分かったわ」

 

 

イリーナがすみませんと頭を下げて来たので、

怒ってない事を示す為に、俺はいいよいいよと手を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フードコーナーに戻ると、アリアさんが

 

 

「サクラ君、おかえりなさい」

 

 

そう迎えてくれた後、首を傾げて言う。

 

「リヴが迎えに行った筈なのだけど…もしかして、会えなかった?」

 

 

「いえ、実は…」

 

 

 

 

 

 

俺は、リヴがイリーナとヴォルクに再会出来た事と、

リヴの方からこっちに挨拶に来てくれる事を報告した。

 

アリアさんは凄く喜んでたけど、同時に寂しそうな顔をしていた。

 

一緒に行ける可能性もあるけど、ぬか喜びになっても微妙だしその事は黙っておいたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

話し終え、寝袋に包まって寝ている語の近くに座ると、寝言が聴こえた。

 

 

 

「うーんうーん…ペロキャンが空を飛んでるのね…サクラも飛んでるのね…あっ墜落した…

 

 

 

なんて夢見てるんだ早く起きなさい。

そして墜落したのはぺロキャンなのか俺なのか教えなさい。

 

 

 

 

…冗談はさておき、語の頬が赤い。

 

あと、水に塗れたタオルが額に乗ってる。

 

 

 

案の定、アリアさんが

 

「語ちゃんね、ついさっき熱が出て…。今夜が山場だと思うわ」

 

と教えてくれた。

 

 

 

…戻って来て良かった。

 

 

 

「了解です」

 

 

そう返してから、カバンの中に仕舞ってあった薬を取り出して、地面に並べる。

粉末状、カプセル型、シロップ系…全部コンプリートしてます。

 

 

「まるで薬屋さんね、サクラ君」

 

「へへ…何が良いのか分からなかったので、手当たり次第に持って来ました」

 

 

さっきまで何処となく暗い顔をしていたアリアさんがやっと笑ってくれた事で、嬉しくなる。

 

 

 

 

…っとと喜んでる場合じゃない。早く薬飲ませなきゃ。

 

 

 

語の肩を軽く揺する。

大音量サクラ目覚ましを使うまでもなく、語は眠たそうに瞼を擦って体を起こした。

 

タオルが落ちない様に押さえつつ、俺は訊ねる。

 

 

「お前何歳?」

 

「…10歳」

 

「粉かカプセルかシロップかどれが良い?」

 

「ペロキャン味なら何でも良い…」

 

「すいませんお客様…ペロキャン味は当店では取り扱っておりませぬ…」

 

「…じゃあシロップ」

 

「おっけー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び眠った語を眺める。大分苦しそうだ。

 

たった一回の服用じゃ効果はあんまり無いか…でも何も飲まないよりは良い筈だと信じたい。

 

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

 

……ぐう。

 

 

 

……………………………。

 

 

 

…ハッ。

 

 

 

 

いかん、ウトウトしてる。

 

というか一瞬夢の中に旅立ちかけた。危ない危ない。

 

 

 

 

見かねたのか、アリアさんが

 

「サクラ君、大丈夫?疲れているなら休んだ方が良いわ。

 あたしは夜寝たから平気だけど…その様子だとサクラ君、寝ていないみたいだし」

 

と心配そうに声を掛けてくれた………

 

 

……んん?!

 

 

「夜寝た?!そ、そんな、危ないですよ!あいつらに襲われでもしたら…!」

 

 

びっくりして思わずそう言う俺に、アリアさんは頬を掻いて言った

 

 

「大丈夫よ、心配してくれて有難う。リヴが守ってくれていたから平気だったわ。

 …女の人はちゃんと夜寝ないと駄目だって言ってね」

 

 

 

す、すげえリヴ…なんて紳士的なんだ…ジェントルマンならぬジェントルリヴだ…。

 

 

それに比べて俺はどうだ

女かつ子供の語に、夜は寝ない様にしろとか言っちまったぞ。

 

…まさか体調崩したのは。

 

 

 

「そんな訳だからあたしは十分元気だし、サクラ君はゆっくり休んで

 

 

「でも…」

 

 

 

語が熱出したのは俺が原因かも知れないのに、呑気に寝るなんて気分が悪い。

とは言え、俺まで倒れてしまってはアリアさんに更なる負担を掛けてしまう。

 

 

…ここは、お言葉に甘えて素直に寝ておこう。

 

 

 

「…分かりました。語の看病、お願いします」

 

「了解したわ。任せておいて」

 

 

そう言ってアリアさんは、自然にウインクした。

 

 

 

うーん大人な女の人ってどうしてこうも余裕があって格好良いんだろう…。

 

頼もしい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カバンから取り出した寝袋に入って、俺は瞼を閉じ…

「た、た、た、助けてほしいかしらーー!!!」

…なんだかデジャヴだよー。寝ようとしたらこれだよー。

 

 

 

切羽詰まったリヴの声を聴いた後で寝る程薄情者ではないので、起き上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアさんが事情を訊ねると、リヴは答えた。

 

 

「はかせが大変なの…どうやっても起きないのよ…!!」

 

 

 

ヴォルクが起きない?

 

 

 

「ただ疲れて寝てるだけなんじゃねえの?」

 

 

俺がそう言うと、リヴは首を勢い良く横に振った。

 

 

「それが、うなされてて…熱は無い筈なのに、汗が酷いの…」

 

 

 

 

それは何というか…普通じゃないかも。

 

 

風邪や熱よりも、余程性質が悪いものの予感がする。

 

 

 

 

 

 

…いけるか俺。

 

 

 

…いけるよな。

 

 

 

だって夏休みの宿題に追い詰められて三日間オールした経験あるもんな。

 

たかが一日起きてたってくらいでへばる様な奴じゃないよな。

 

 

 

 

俺は立ち上がった。

 

アリアさんの制止の声が聴こえるけど、構わず寝袋を片付ける。

出会ったばっかりなのに、こんなに心配してくれるなんて本当に有り難い。

 

 

でも。

 

 

ヴォルクの事は苦手だけど、リヴとイリーナの事は好きだし…二人の力に、なりたいんだ。

 

 

 

「すみませんアリアさん。俺は大丈夫です」

 

 

「サクラ君…」

 

 

 

アリアさんは、小さく溜息を吐いた。

 

 

その後、再び口を開く。

 

 

 

「…分かったわ、貴方を信じる。でも無茶は駄目よ」

 

 

「はい!」

 

 

 

ちょっとふらついたけど構わない。

 

 

 

俺は、泣きそうな顔をしているリヴの手を取って走り出す。