十二片目:Seem odd


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数十分くらい経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたらしいヴォルクに、俺は声を掛ける。

 

 

「おはよー」

 

 

すると彼は眠たそうにしぱしぱと数回瞬きしてから、気不味そうに頷いた。

 

でもって、もぞもぞと俺から離れてトボトボ屋上の端の方に向かい。

こっちに背中向けてちょこんと体育座りした。

 

 

 

え。

 

いや、何でしょげてるんや。

 

 

 

「ヴォルクさーん…そんな離れなくても良いじゃーん…どうしたのー…」

 

 

 

 

はい、応答無し。

 

 

うん、知ってた。

 

 

 

 

昨日のあれで弱み握られたとか思ってんのかな?

 

本気で弱ってた人に対してそんな事する様な人間ではないんだけど俺…

…なんかこっちもしょげてきた。

 

 

とりあえず、返事せざるを得ない言葉を投げるっきゃないな。

 

 

 

 

 

 

俺はヴォルクに近付いて、彼の肩に手を置いた。

 

 

「ちょっと相談したい事があるんだけども」

 

 

「…相談?」

 

 

 

あ。反応した。

 

 

 

「そう。俺ら、一晩此処で過ごしちゃった訳じゃん?」

 

「ああ」

 

「そのせいで皆に付き合ってるって誤解されちゃったんよ」

 

 

 

するとヴォルクは、驚くでもなく嫌がるでもなく、無垢な瞳で首を傾げた。

 

 

 

「つきあう…?って、何だ」

 

 

 

「え」

 

 

 

まじか。

付き合うの意味を知らないのかこの人。

 

そ、そりゃ友達居なかったって話だけど…ここまで無知とは…。

 

 

 

「んっと、付き合うってのはそのー…

 お互いに相手の事を好きだなって思ってる二人が進行形で恋人やってるー的な…。

 …ちなみに好きってのはlikeじゃなくてloveの方ね」

 

 

恋愛的な意味で好きじゃないのに訳ありで付き合ってるっていうまさに今の俺達みたいな人もいるにはいるけど……ああ、いや、俺らの場合はそういう風に誤解されてるだけで付き合ってないからまた違うか……………ややこしくなりそうだからここら辺は黙っとこ。よし。

 

 

ぽかんとした顔で沈黙してるヴォルクに、俺は続ける。

 

 

「…で、誤解解こうと頑張っても信じて貰えなかったからさ。

 どうしたものかなと思って」

 

 

目をパチクリしてる(多分脳の処理が追いついてないのかも知れない)彼に、

俺は更に付け足す。

 

 

「めげずに二人で誤解解くのか、そういう事にしといて今まで通り過ごすか…

 のどっちかかなって考えてるんだけど、ヴォルク的にはどっちが良い?」

 

 

ダメ元で訊ねてみたら、彼はおずおずと返事をしてくれた。

 

 

 

「…そ、それはやっぱり、誤解を解いた方が良いと思う」

 

 

それから、顔を俯かせて

 

「サクラは…俺の事…き、嫌いだろうし…迷惑になる…」

 

心底申し訳なさそうにそう告げた。

 

 

 

 

……………んん???

 

 

 

 

「いやいや待って?何で俺がヴォルクを嫌いって事になってんの?」

 

「…それは……………」

 

 

む…こりゃ変な思い込みに陥ってるわね絶対に。

 

 

「あのな。

 俺は、嫌いな相手にしがみつかれて無抵抗のまま数時間も我慢しないし、

 嫌いなのに一緒に行動しようなんて思わないよ?」

 

「で、でも」

 

「あーもー!!でもも何もへったくれもなーいーのー!!」

 

「う…」

 

「とーにかく!

 どんな理由でそんな風に思ったのかは知らんけど、

 俺はヴォルクの事嫌いじゃないから!分かった?!」

 

 

両頬を両手で挟んで強引に同意を求めると、彼はこくこくと頷いた。

 

 

ふー…やれやれ。

 

強気なんだかちょろいんだかしおらしいんだか…

いや、どれもこれも含めてヴォルクか。うん。

 

 

 

…っと。

 

脱線はここまでにして。

 

 

 

「話戻すけど…俺は、誤解そのまま放置で良いかなって思ってる」

 

 

「嫌じゃないのか」

 

「え、嫌というか」

 

「…ほも?」

 

「ちゃうわい。なんでそんな単語はちゃっかり知ってるんですかね」

 

「昔リヴとイリーナが…はかせは…び、美人だから、ホモに気を付けろって…」

 

「成程ね…」

 

 

確かにヴォルクって目鼻立ち整ってるし、イケメンってよりは美人寄りな気がする。

 

そういう趣味嗜好の人が一概に悪い人とは言い切れないけど、

乱暴で強引な人も居たりするだろうし…危ないと思って釘刺したのかもね。

賢明な判断というか、流石リヴとイリーナ。

 

 

……ん?

 

 

つまり、そんな二人が俺の事認めてくれたって事だよね?

 

 

 

……………………えー。

 

 

 

…こほん。

 

 

 

 

 

「…と、とにかく理由は三つ」

 

 

指を三本立てて俺が切り出すと、ヴォルクは頷いた。

 

それを良しと取って考えを言わせて貰う。

 

 

 

「まず、誤解だって信じて貰える気がしない」

 

 

 

語は見た所微妙な反応だったけど、

他の三人は同性愛に対して拒否感無い上に寛容なご様子だった。

 

きっと違うと言った所で照れてるんだなとしか思われない。

 

 

 

「二つ目。リヴとイリーナがめちゃくちゃ喜んでたから本当の事言うのがつらい」

 

 

 

頑張って頑張って説得したとして、

この二人が受けるがっかりさは想像するまでもないと思う。

 

リヴとイリーナの悲しんでる顔なんか、出来る事なら見たくない。

 

 

 

「最後、三つ目。

 俺達の寿命は一年切ってるし、どう足掻いても近々死ぬんだから、

 気にしなくても良いかなと」

 

 

…最初こそ焦ったけど。

ぶっちゃけ、必死に解かないといけないと思わなくなってきたというのが本音。

 

だってこれが永遠に続く訳ではないし、

そういう事になってても普通に今まで通りにしてれば良いだけだし。

 

さっき言った事を考えても、このままでのデメリットはなきに等しい。

…まあ、互いに互いの恋人っていうレッテルは貼られるけど…そこは…うん…。

 

 

 

 

 

返事を待ってたら、ヴォルクは頷いてくれた。

 

 

「今まで通りにしていれば良いんだろう?

 サクラがそうしたいなら、俺もそれでいい」

 

 

「仮にも恋人って事になるけど…本当に大丈夫か」

 

 

「ああ。別に気にしない」

 

 

 

あらま、けろっとした顔をしてらっしゃる。

 

ほんとに嫌じゃないのね。ちょっと嬉しい。

 

 

 

「そりゃ良かった」

 

 

 

 

ふう。

 

急ぎの要件は何とか終わったけど、まだ分からない事は残ってる。

 

 

…とはいえ本探しをしないといけないし、ずっと喋ってる訳にはいかない。

 

 

とりあえずやる事やって、機会を見つけて聞いてみるか。

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルクが寝ていた間の皆の発言を報告してから、俺は屋上のドアノブに手を掛ける。

 

 

「じゃ、行きますか」

 

「四階だったか」

 

「うん。降りてすぐの所」

 

「分かった」

 

 

 

 

 

 

 

階段を降りている最中、ヴォルクがぽつりと俺を呼んだ。

 

 

「どした?」

 

 

「その…………本当に、俺の事嫌いじゃないか」

 

 

 

ま、まだ言うか…ッ!

 

 

どんだけ気にしてんだよう…嫌いじゃないってさっき言ったやん…。

 

こんなにもにょもにょ引っ張るとかお前は女子かと言いたいけど、

俺に嫌われてるかもって悩んでる結果だし…。

こんな元気無くてしゅんとした人を突き放す様な真似は俺には出来ぬ…。

 

 

 

階段の途中で振り返って、ヴォルクを見上げ。

 

 

彼と目を合わせて、俺は言う。

 

 

 

「嫌いじゃないよ」

 

 

「…好き?」

 

 

「うん。好き」

 

 

「そっか…好きか…」

 

 

 

え。何これ。すげえ恥ずかしい。

 

 

「そ、そうだよ好きだよ。だから元気出せよ。

 なんかお前がそんなだと調子狂うわ…」

 

 

やたら嬉しそうに口元に手を当ててるヴォルク(笑ってたりするんだろうか)から

思わず目を逸らして(何故そうしたのか自分でも分からない)そう言うと、

 

 

「お陰様でもう平気だ。

 

 …有難う。すごく、嬉しい」

 

 

充実感や満足感に満ちた柔らかい声で、返事が返って来た。

 

 

 

もう一度振り返る勇気はなかった。

なにやらいけない扉を開いてしまう気がして。

 

 

…あーもう意味分からんどうしてこんなに胸の動悸が…くっ…しっかりしろよ俺…。

 

相手は男…友達…やましい気持ちなんぞ欠片も抱いてないんじゃぞ…。

 

 

 

「あ…その、これで安心して訊ねられるんだが」

 

「お"う"っ?!な、なんざましょ!」

 

 

やべ。つい取り乱しちゃった。やべ。

 

 

「へ、変な物でも食べたのか?」

 

「大丈夫です。正常…とは言い難いけど…正常です」

 

 

どうしちゃったんだよ…

いつもなら蔑んだ目で鼻で笑って来るのになんで本気で心配そうにしてんのさ…

やめ、やめろ…俺もおかしいけどヴォルクもおかしい気がするぞう…。

 

 

「それなら良いんだが。

 実は…良かったら昨日の話の続きを、今夜にでも聞かせて欲しい、と思っていて」

 

 

 

え。

 

昨日の話…っていうと、俺の昔話だよね?

 

 

 

 

「あんなつまんない話で良かったらいくらでもするけど…」

 

 

「良いのか」

 

 

「うん」

 

 

 

ちょっとやめて何そのふにゃっとした笑顔。

 

え、かわ……いやいやいや何でもない何でもない。

 

 

 

「な、なんでそんなに知りたいのさ」

 

 

おい馬鹿俺の馬鹿余計な事聞いてんじゃねえよ馬鹿。

 

 

「なんでって…知りたいから…じゃ、駄目だろうか」

 

「駄目じゃないと思います。変な質問してすみませんでした」

 

「べ、別に情報を悪用しようだとか一切考えてないからな。

 ただ…えっと、友達の事を少しでも知りたいってだけで。す、好きだから

 

「やめて下さい死んでしまいます」

 

 

心臓が。

 

 

「死…?!

 え、あ、それは困る…とても困る……からこの話はやめる…。

 

 と、とにかく、約束だからな」

 

 

 

ちきしょう一体何処がいつも通りなんじゃい…。

 

いや、盛大なブーメランな気がするけどさ…。

 

 

 

「うん、約束する。しますよ。ええ、ええ、しますとも」

 

 

「…ふふ。それじゃあ、探索頑張ろうな」

 

 

張り切った様子でそう言ったヴォルクに、おう。と返事をした俺でしたが。

 

正直、探索どころじゃないな、と思いました。

 

 

自分でもどうかしてると思ってるんだけど、気持ちに嘘はつけないし…。

急に素直になったヴォルクが普通に良い子なのは事実だし…。

 

 

はあ…今後が色々な意味で不安だ…。

 

 

 

 

 

…内心頭を抱える俺と裏腹に、ヴォルクはご機嫌そうなのでした。