八片目:Accident


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壊れたというのは嘘だったらしく、

暴走車と化した筈のレッド号(改)は何事も無かったかの様に安全運転で走り続けている。

 

 

服の回収の為に嘘吐いてまで爆走させるとは…過保護極まりないなヴォルクは。

それならそうと言ってくれりゃ良かったのに、つれないもんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日が沈んで、月が昇る。

 

 

 

とっくに出てきてもおかしくないのに、ケモノは影も形も無い。

 

 

 

 

 

ケモノが出現しなくなった事を俺同様知らなかったらしいアリアさんが、

おかしいわね…と呟いたのがスピーカー越しに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕飯を適当に済ませ、レッド号(改)に揺られながらうつらうつらしていると、車が停まった。

 

図書館に着いた事を知らせる機械の音声がほぼ同時に流れる。

 

 

 

 

『今夜はレッド号で休んで、明日散策する事にしよっか』

 

語の言葉に、そうだな、と返事を返す。

 

 

皆も異論は無いらしく、反対の声は上がらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルクがスピーカーを切ったのか、雑音諸々は聴こえなくなった。

とても静か。

 

特にする事も無いし、大人しく寝ておくか。

 

 

  

 

そっと瞼を閉じると、夜の闇が相まって視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ、起きて!朝なのねー!」

 

 

 

怒声と共に揺さぶられて目を覚ます。

 

見ると、開いたドアの向こう側に語が居た。

 

 

 

あー、もう朝か…まだ寝てたかったな…。

 

疲れが溜まってるのか、夢の一つも見ずに爆睡しちゃったよ全く…。

 

 

 

まあ、そんな事言っても仕方ないよね。今日も一日頑張るぞい!

 

 

 

 

 

 

 

俺が起きたと分かった途端、

 

「おはよ!」

 

とイライラは吹き飛びました!みたいな明るさで嬉しそうに言って来たので、

朝から元気だなあ、その元気ちょっと分けてくれないかなあ…なんて思いつつ、おはようと返す。

 

 

「皆もう本探ししてくれてるよ」

 

「まじか出遅れた」

 

「にしても、いくら揺すっても起きないし死んだかと思った」

 

「ひ、酷い…勝手に人を殺さないd「お前が言うなよ???」すみませんでした」

 

 

 

そういえばつい最近同じ事を語に言ったんだった。

 

 

もしかしてちょっと根に持ってらっしゃる…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お腹空いたので朝食の乾パンをもさもさと食べてると、語はあれこれ説明を始めた。

 

 

簡単にまとめるとこう。

 

1、図書館は東/西/北/北東/北西の5ブロックに分かれている

 

2、東はリヴとイリーナ、西は語、北東はヴォルク、北西はアリアさん。俺は北担当。

 

3、見つからなかった場合は図書館の入り口にて待機。手伝いに行ってもオッケー

 

 

 

「じゃあ、あたいも探しに行くね」

 

「ラジャーっす」

 

手をヒラヒラと振って語を見送った後、暫くして飯を済ませた俺は車を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えーっと。北だよね。

 

 

 

 

北…北……

 

 

 

き…た…

 

 

 

…………………………。

 

 

北って、どっちだ。

 

 

 

方角どうなってんのか分かんねえしまった聞けば良かった北だから奥の方で良いのかなそんな安直で良いのかしら良い訳ないよね絶対うんどうしようあはは。

 

 

……………………………。

 

 

…ま、まあ誰かに会ったら会ったで場所聞けば問題無いよな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

ヴォルクだ。

 

って事は此処が北東か。惜しい。

 

 

 

…というか。

 

 

 

「何してんの?お腹痛いの?」

 

 

こっちに背を向けて座り込んでるヴォルクに近付いて、肩に手を置きながらそう声を掛けると、

彼は肩を跳ねさせた。

 

ヴォルクが嫌そうな顔で振り向いて人差し指を口元に添えるのと、

彼が座り込んでた理由が分かったのはほぼ同時。

 

 

一言でいうと、子猫が居た。

 

で、ヴォルクはその子猫を撫でてた。

 

 

「猫好きなんだ」

 

「………………別に」

 

「…」

 

 

嘘吐け。めっちゃにやけてますやん。

 

 

…なんだか意外な一面を垣間見てしまった気がする。

 

 

「…か…」

 

「え?」

 

「連れて行っても良いか」

 

「え???」

 

 

ヴォルクは、猫を抱きかかえながらこっちをジッとガン見して来る。

 

 

 

連れて行くって…いやいや…ただでさえ食料に限りがあるのに、

人員(人ではないけど)増やされたら困るよ…?

 

確かに本探しは猫の手も借りたいって感じではあるけど、

本物の猫の手を借りた所でどうしようもないのもまた事実…。

 

 

 

なので、俺は首を横に振った。

 

 

 

ヴォルクは暫しフリーズした後、まるで何も見なかった風に口を開く。

 

 

「連れて行っても良いか」

 

 

なんて奴だ…都合悪いからって忘れやがったなおい…。

 

 

「駄目です」

 

「やだ」

 

「やだじゃありません」

 

 

嫌々と首を振るその姿は、成人男性の癖にまるで保育園児だと思いました。

 

 

「こんな所に放って置いたら死んでしまうかも知れないだろう」

 

「いや…そりゃそうかも知れないけど」

 

「じゃあ「でもそれとこれとは話が別です」鬼め」

 

 

 

鬼ちゃうわ。

 

 

「ちゃんと面倒見るから」

 

「どうせイリーナかリヴに任せるんでしょ。

 愛でる専門になって糞処理とか飯あげたりとかしないんでしょ」

 

「そんな事しない。全部面倒見る」

 

「ペットショップで駄々こねる子供は皆そう言って結局飽きて後日親に任せるんだよ」

 

「俺は子供じゃないから平気だ」

 

「中身が子供なので却下です」

 

 

片頬を膨らませてあからさまなぶすくれモードに突入してるヴォルクに呆れかえってると。

 

離れた場所から、猫の鳴き声が聴こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きな猫が一匹、此方を見ていた。

 

正確には、ヴォルクの傍で座ってる子猫を。

 

多分親猫だろう。

 

 

 

案の定、子猫はパッと走り出した。

 

 

よく見たら、親猫の後ろに小さい猫が数匹居る。

 

 

 

…察し。

 

 

 

仲睦まじく去って行く親子キャッツを呆然としながら見送っているヴォルクに対し、

何を言っても面倒な事になりそうだと思ったので、俺は静かにしれっとこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足元でパサっという音が鳴った。

 

落ちてた本をうっかり蹴ってしまったんだと気付いた。

 

 

本とは言ったけど、炭みたいになったそれは、もはや本とは言い難い物に変貌してて。

 

崩れて空気中にヒラヒラと漂う黒い欠片が、

何処か痛々しいというか、寂しさを醸し出している。

 

 

 

創造の本は傷一つ付かないって話だから、

これだけ他の本がボロボロになってる以上一目瞭然だろうし、案外探しやすいのかもしれないな。

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局北エリアで本探したものの見つからず、挙句床が抜けて足嵌って必死に抜いて…

まあ簡単に言うと完全に気分がブルーになり…とぼとぼと入り口まで戻る。

 

 

すると、リヴとイリーナが居た。

 

 

 

「あ、サクラ。お疲れかしらー」

 

「お疲れ様なのです…!」

 

 

俺に気付いた二人が労いの言葉を掛けてくれたので、俺も返す。

 

 

「おう、ありがと。二人もお疲れ~」

 

 

 

語とアリアさんとヴォルクは、まだ戻ってないのか。

 

となると。

 

 

「三手に分かれて手伝いに行った方が良いよな」

 

「そうね!丁度、どうしようかってイリーナと相談してた所だったの」

 

 

あらナイスタイミング。

 

 

「それでね、リヴはアリアの所に行こうかなって。

 サクラはやっぱり語よね?」

 

 

やっぱりて。

 

俺とあいつでセットみたいに思われてんのね。まあそりゃそっか。

 

 

「そうだな。

 じゃあ、イリーナにはヴォルク任せて良いか」

 

 

訊ねると、イリーナは快く頷いてくれた。

 

そんな彼女の反応を見た後で、リヴは号令を掛ける。

 

 

「よーし、決まり!では検討を祈る、かしら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確か語は西にいる筈。

 

 

という訳で、俺はテクテクと歩きながら言った。

 

 

 

「おーい、ちんちくりーん。応答せよーーーー」

 

 

 

何度か続けると、返事が返って来た。

 

 

「そ、その声はサクラ?!助けてなのねー!!」

 

 

という切羽詰まった声で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声のした方へ急いで向かうと、奇妙な光景が目に映った。

 

 

地面から、アホ毛が、生えている。

 

 

…………………………くっ…これは…これは流石に卑怯だろ…ぷっ…ぷくくっーーー!!

 

 

声を押し殺して腹を抱えていると、

俺が笑っているのを察したらしい語がドスの効いた声で言った。

 

 

「おい」

 

 

ひょええおっかない…

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直して近付き、状況確認してみると………あらら、すっぽり落ちちゃってんな。

 

俺の時みたいに床が抜けたって話なんだけど、

比べ物にならない規模でストンといってしまわれている。

 

アホ毛しか見えなくなるレベルって相当だわ。

 

 

 

 

「持ち上げるから腕伸ばしておくれー」

 

 

声を掛けると、語は大人しく両腕を上げた。

 

それを掴み、俺はグッと手足に力を込める。

 

 

「せー……」

 

 

 

の、と続けようとした。

 

 

けど、それは叶わなかった。

 

 

 

語の頭が穴から出てきた辺りで、腰に猛烈な痛みが生まれたのだ。

 

 

うぐ、うぐおおおおお~~~~~~痛い痛い痛い何だこれ何だこれ言葉に出来ない痛みとにかくITAI!!!

 

 

突然パッと手を離されたにも関わらず驚異の反射神経で穴の淵にしがみつき

よじよじと這い上がったらしい語が、寝っ転がって唸り始めた俺の肩を揺さぶって来る。

 

 

「サクラ?!どうしたのね?!」

 

 

俺にも分からん、と答えたくても声にならなかった。

 

 

「だ、誰か呼んで来るから、待ってて!」

 

 

おろおろと青冷めた顔をしながらそう言い残した語が去っていく足音を聞きながら。

 

 

…俺は、スッと意識を手放した。