湯船に浸かって、大きな溜息を一つ。
現在あたいの中では、何とも形容し難いモヤモヤが渦巻いていた。
原因は言うまでもない。
サクラとヴォルクの事だ。
昼間二人が手繋いで登場した時、正直気が狂いそうになった。
ヴォルクはあたいと違ってサクラからちゃんとした愛称で呼ばれてて、
サクラにだけ口調が若干柔らかくなってて。
見せつけられた感半端ないし、心臓抉れた錯覚に陥った。
気持ちの整理が終わるまでは、物理的に距離を取りたくて、視界に入れたくなくて、
温泉を提案した訳だけど……
「はぁ………」
どっちが告白したんだろう。
サクラからだったら完全敗北確定だし、そうじゃないという事にしておきたい…。
…何にせよ、あたいは負けた。
さっさと気持ちを伝えないから、先を越された。
あいつの恋愛対象になれるのは自分だけだと思い込んで、油断していた。
不戦勝ならぬ不戦敗。
そもそも戦いの土俵にすら上がってない。
悔しいと言う資格は無いし、嫉妬するのは恥ずかしい事。
と、頭では分かってる。
けど、簡単に納得して諦められるくらいなら、最初から恋なんてしない。
…そう思っている癖に、何もしなかった自分に腹が立つ。
せっかく試練を手伝ってくれてる二人に、こんな事を思うのは、最低だ。
だけど、見ているのが辛い。
二人の事は好きだ。
だけど、心から祝福出来ない。
あいつを好きにならなければ、今頃、おめでとうって笑えた筈なのに。
でも、仕方ないんだ。
パパもママも死んでしまって、一人で旅をする事になって、心細くて仕方なかった時。
急に現れて助けてくれたサクラは。
ヒーローみたいに、思えて。
…いっそあいつが、最低最悪なクズだったら。
あの時ケモノから助けてなんてくれなかったろうし、
あたいは食い殺された後で生き返り、本能に導かれ、
さっさと創造の本を見つけて居たんだろう。
その方が幸せだっただろうか。
ううん、そうじゃない。
…会えて、良かった。
この旅が終われば、お別れする事になるけど。
もう二度と、会えないけど。
それでも。
「語ちゃん、もしかして具合悪い?」
少し離れた向かいに居るアリアが、あたいを見かねたのか声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫!全然元気なのね!」
嘘を吐く。
何と言うか、心の具合は悪いけど。
アリアの優しさに甘えるのは、今回ばかりは、嫌だった。
だってこれは、ただの自業自得なのだから。
「…無理は、しちゃ駄目よ?」
「うん、分かってる!へーきへーき!」
意図して、無理に、明るく言う。
笑顔は、引き攣っていなかっただろうか。
「そう…それなら、安心だけど…」
アリアの表情は、曇ったまま。
こんな下手くそな演技じゃ、やっぱり誤魔化せなかったのかな。
彼女は困った様に眉を下げたまま、もう一度口を開いた。
「出会ったばかりのあたしに言うのは、気が乗らないかも知れない…
でも、気が向いたらいつでも相談してね。
まだまだ人生経験少ないし…頼りないお姉さんで申し訳ないけど、
出来る限り、力になれる様に頑張るから」
温かい言葉に、思わず視界がぼやけそうになる。
だけど、グッと堪えた。
泣いてしまったら言ってしまう。
実は、サクラの事が好きなんだって。
それは駄目。
アリアを複雑な立場に置かせてしまってはいけないもの。
こんなに優しい人を、困らせたくない。
「ありがと、アリア。
アリアの事はすっごく頼りにしてるし、大好きなのね。
……だけど、今の悩みは、自分で何とかしたいんだ」
「語ちゃんは強いのね……うん、分かったわ」
頑張って、とアリアは優しく、あたいの頭を撫でてくれた。
浴場を出て、着替えを終えて。
食事をする元気は無かったから、早々にベッドへ向かう。
入浴中に、リヴとイリーナが使えそうな宿泊部屋を掃除してくれていたらしい。
教えて貰った部屋の扉を開く。
部屋にあった二つのベッドの内の一つに、横になった。
途端、瞼が重くなる。
久しぶりにちゃんとした所で眠れる。
…という安心感は、勿論あるけれど。
心身共に疲労している中で風呂に入ったから、疲れが一気に出たんだろう。
眠気に逆らわず、目を閉じる。
意識がなくなるまでの間、また考え事に耽る事にした。
…あたいと違って、皆には時間が無い。
だから極力、サクラとヴォルクを、二人にしてあげないといけない。
ただ。
少しだけ、話し掛けても、良いだろうか。
普通の、ただの友として。
いつも通りに。
手放したら、楽になれる。
そう分かっていても、手放せないから。
この気持ちは、そっと仕舞っておこう。
きっとこれが、あたいの弱さ。
認める。
弱虫で意気地なしで、往生際が悪い自分を。
迷惑は掛けないから。
好き、なんて言わないから。
だから…
どうか、許して。
……………………。
……ああ、
どうして。
たったの二文字が、言えなかったんだろう。