「唐突だけど、俺、本当の両親知らないんだよね」
彼の口から聞いた事の無い、静かな声だった。
教授が義理の祖父だという事から、何となくおかしいとは思っていたが。
「…そうか」
俺と、同じ。
「…ヴォルクは、桜ノ森って知ってる?」
「桜ノ森…………ああ、昔ニュースで見た事がある」
「おっ、流石」
桜ノ森はその名の通り、桜の木で構成された森。
とても綺麗な場所だったそうだが、
俺が10歳の年、ニュータウン開発の為に更地にされたという。
「それなら話は早いんだけどさ。俺、その森の中にある村に住んでたんだよね」
「村…?」
聞いた事が無い。
そもそも、村があるのに森を焼くなんてとんだ愚行だ。
「信じて貰えるか分かんないけど、あったんだ。
でも、普通の人は来れなくって……俺みたいな、桜型の瞳孔を持ってる人だけが住んでた」
「成程。変わった瞳孔だと思ったら、そういう事か」
「だよねえ、やっぱこんな話信じるわk………信じてくれるの?!」
「ああ」
「馬鹿じゃないのかお前は。急に頭が沸いたか中二病め。とか言われるかと…」
こいつは俺を何だと思ってるんだ。
「…友達の言う事なら、信じる」
「ヴォルクさん…!」
「そもそもお前、嘘吐くの下手だろう」
「そ、そ、そんな事は決して…いや、否定出来ないけど…ごにょごにょ…」
…相変わらず、呆れる程に素直だ。
羨ましくも、眩しくも思う。
「あ、信じてくれるんなら安心して続けられるんだけど!」
気を取り直した様に、ハッとなりつつそう言って。
サクラは再び口を開く。
「えっとな…死んだ魂は、村にある大きな霊樹を通して死後の世界に行く訳よ」
専門分野と真逆のオカルトじみた話に頭が痛いが、耳を傾ける。
語の時もそうだった。二度目だから平気だ。
………平気だと思いたい。
「それってつまり、霊樹が無いと魂が世界に留まり続ける事になるじゃん?」
「そうだな」
「うんうん。で、俺達の村が在った理由は、霊樹を護る為だったんよ。
桜の瞳孔を持つ人じゃないと村に来れない理由は、
万が一部外者が霊樹を壊したりしたら、大惨事になるから」
霊樹からすれば、自己防衛の為の仕組みがむしろ仇になった様なものなのだろう。
誰も来れない様にした結果、誰にも気付かれず、火を放たれたのだから。
…何とも皮肉じみた話だ。
ところで、ふと気になったのが。
「その目が無いと辿り着けないという事は、元々村で生まれた訳では無いのか」
「あ、うん。何だろうね…本能的にこう…吸い寄せられたっていうか。
村の皆は口揃えて、いつの間にか此処に居たって言ってたよ。
かく言う俺もそんな感じだったし」
「だから本当の両親が分からない、と」
「おう。
……っていうか、少しは覚えててもおかしくないのに、思い出せないんだよ」
不思議そうに、もどかしそうに彼は言った。
…憶測でしかないが。
自分の足で森へ辿り着ける様な年齢であれば、少しは親の顔を覚えている筈だ。
記憶が皆無だなんて事はあり得ない。
しかし村人やサクラには、村に来る以前の記憶は無い。
…こう考えられないだろうか。
自分を護らせる為に集めた者達が、心置きなく村に居られる様に。
元の居場所に帰れなくする為に。
霊樹が記憶を消したのではないか、と。
「勝手に居なくなった挙句、顔も忘れるなんて…薄情な息子だよな」
まるで今にも消えてしまいそうな。
か細い声だった。
胸が締め付けられた。
同時に、自分が“間違えた”という事に気が付いた。
…だが、こういう時、何を言ってやれば良いのか分からない。
そんな事ない。お前は悪くない。
と言った所で、サクラは納得しないだろう。
すんなりと納得してくれる様な気の利いた事を、どうすれば言えるのか。
……分からない。
リヴやイリーナ…アリアや、語なら。
サクラの望む言葉を察して、慰める事が出来たのだろうか。
せっかく俺を聞き手に選んでくれたのに。
変な質問をして話を脱線させてしまった上に、サクラにつらい思いをさせてしまった。
これ以上言葉を間違えたら、どうしよう。
嫌われたくない。
いや、既に嫌われたかも知れない。
サクラは、自分の事を嗤っているかの様に言った。
「今更だけど、こんな話絶対つまんないよな。勢いで始めちゃってごめん。
俺から言い出しといて何だけど、もうやめよう」
違う。
俺は。
首を振ろうにも、身体が強張って動かない。
何か言おうとしても、喉に何かが詰まった様に、言葉が出てこない。
「全部話してないのにヴォルクの話聞くのは申し訳ないし、対等じゃないから。
…残念だけど、諦めるね」
違う。
知りたいし、知って欲しいと思ってる。
思ってるけれど、言い出せない。
勇気が、足りない。
涙が溢れそうになるのを堪えようと、上を向く。
その時。
充血した目と。
視線が合った。