幕間5


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「唐突だけど、俺、本当の両親知らないんだよね

 

 

 

 

 

彼の口から聞いた事の無い、静かな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教授が義理の祖父だという事から、何となくおかしいとは思っていたが

 

 

 

 

「…そうか」 

 

 

 

 

俺と、同じ。

 

 

 

 

「…ヴォルクは、桜ノ森って知ってる?」

 

「桜ノ森…………ああ、昔ニュースで見た事がある

 

「おっ、流石」

 

 

 

桜ノ森はその名の通り、桜の木で構成された森。

 

とても綺麗な場所だったそうだが、

俺が10歳の年、ニュータウン開発の為に更地にされたという。

 

 

 

 

 

「それなら話は早いんだけどさ。俺、その森の中にある村に住んでたんだよね」

 

「村…?」

 

 

 

聞いた事が無い。

 

そもそも、村があるのに森を焼くなんてとんだ愚行だ。

 

 

 

「信じて貰えるか分かんないけど、あったんだ。

 でも、普通の人は来れなくって……俺みたいな、桜型の瞳孔を持ってる人だけが住んでた」

 

「成程。変わった瞳孔だと思ったら、そういう事か」

 

「だよねえ、やっぱこんな話信じるわk………信じてくれるの?!」

 

「ああ」

 

馬鹿じゃないのかお前は。急に頭が沸いたか中二病め。とか言われるかと…」

 

 

 

こいつは俺を何だと思ってるんだ。

 

 

 

「…友達の言う事なら、信じる

 

「ヴォルクさん…!」

 

「そもそもお前、嘘吐くの下手だろう」

 

「そ、そ、そんな事は決して…いや、否定出来ないけどごにょごにょ…

 

 

 

…相変わらず、呆れる程に素直だ。

 

羨ましくも、眩しくも思う。

 

 

 

 

「あ、信じてくれるんなら安心して続けられるんだけど!」

 

 

 

気を取り直した様に、ハッとなりつつそう言って。

 

サクラは再び口を開く。

 

 

 

「えっとな…死んだ魂は、村にある大きな霊樹を通して死後の世界に行く訳よ」

 

 

専門分野と真逆のオカルトじみた話に頭が痛いが、耳を傾ける。

語の時もそうだった。二度目だから平気だ。

 

………平気だと思いたい

 

 

「それってつまり、霊樹が無いと魂が世界に留まり続ける事になるじゃん?」

 

「そうだな」

 

「うんうん。で、俺達の村が在った理由は、霊樹を護る為だったんよ。

 桜の瞳孔を持つ人じゃないと村に来れない理由は、

 万が一部外者が霊樹を壊したりしたら、大惨事になるから」

 

 

霊樹からすれば、自己防衛の為の仕組みがむしろ仇になった様なものなのだろう。

 

誰も来れない様にした結果、誰にも気付かれず、火を放たれたのだから。

 

 

…何とも皮肉じみた話だ。

 

 

 

ところで、ふと気になったのが。

 

 

その目が無いと辿り着けないという事は、元々村で生まれた訳では無いのか」

 

「あ、うん。何だろうね…本能的にこう…吸い寄せられたっていうか。

 村の皆は口揃えて、いつの間にか此処に居たって言ってたよ。

 かく言う俺もそんな感じだったし」

 

「だから本当の両親が分からない、と」

 

「おう。

 ……っていうか、少しは覚えててもおかしくないのに、思い出せないんだよ

 

 

不思議そうに、もどかしそうに彼は言った。

 

 

 

憶測でしかないが。

 

 

自分の足で森へ辿り着ける様な年齢であれば、少しは親の顔を覚えている筈だ。

 

記憶が皆無だなんて事はあり得ない。

 

しかし村人やサクラには、村に来る以前の記憶は無い。

 

 

…こう考えられないだろうか。

 

 

自分を護らせる為に集めた者達が、心置きなく村に居られる様に。

 

元の居場所に帰れなくする為に。

 

 

 

霊樹が記憶を消したのではないか、と。

 

 

 

 

 

「勝手に居なくなった挙句、顔も忘れるなんて…薄情な息子だよな」

 

 

 

まるで今にも消えてしまいそうな。

 

 

 

か細い声だった。

 

 

 

 

 

 

胸が締め付けられた。

 

 

 

同時に、自分が“間違えた”という事に気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…だが、こういう時、何を言ってやれば良いのか分からない。

 

 

そんな事ない。お前は悪くない。

 

と言った所で、サクラは納得しないだろう。

 

 

すんなりと納得してくれる様な気の利いた事を、どうすれば言えるのか。

 

 

 

 

……分からない。

 

 

 

 

リヴやイリーナ…アリアや、語なら。

 

サクラの望む言葉を察して、慰める事が出来たのだろうか。

 

 

 

 

せっかく俺を聞き手に選んでくれたのに。

 

変な質問をして話を脱線させてしまった上に、サクラにつらい思いをさせてしまった。

 

 

 

 

これ以上言葉を間違えたら、どうしよう。

 

 

 

 

嫌われたくない。

 

 

 

 

いや、既に嫌われたかも知れない。

 

 

 

 

 

 

サクラは、自分の事を嗤っているかの様に言った。

 

 

「今更だけど、こんな話絶対つまんないよな。勢いで始めちゃってごめん。

 

 俺から言い出しといて何だけど、もうやめよう」

 

 

 

 

違う。

 

 

 

俺は。

 

 

 

 

首を振ろうにも、身体が強張って動かない。

 

 

 

何か言おうとしても、喉に何かが詰まった様に、言葉が出てこない。

 

 

 

 

「全部話してないのにヴォルクの話聞くのは申し訳ないし、対等じゃないから。

 …残念だけど、諦めるね」

 

 

 

 

違う。

 

 

 

知りたいし、知って欲しいと思ってる。

 

 

 

 

 

 

思ってるけれど、言い出せない。

 

 

 

勇気が、足りない。

 

 

 

 

 

 

 

涙が溢れそうになるのを堪えようと、上を向く。

 

 

 

 

 

その時。

 

 

 

 

 

 

充血した目と。

 

 

 

 

視線が合った。