九片目:Surprise


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、其処はベッドの上らしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起き上がろうとしても力が入らなかったので、首だけを動かして辺りを見回す。

 

 

 

「…かt……ちんちくりん?」

 

 

  

そう、語が居た。

 

肩がゆっくり上下している所を見るに、どうやら寝てるみたいだ。

 

 

 

結構辺りも暗いし…もう夕方過ぎなのかもしれん。

そりゃ眠いよな。

 

  

………多分、こいつは看病してくれてたんだろう。

 

変に気を遣わせてしまって申し訳無いという気持ちと、

心配してくれて嬉しいという気持ちがあって、何となく複雑な気分。

 

 

 

「…有難うな」

 

 

腕は難なく動いたので、語の頭をそっと撫でながら俺はそう呟く。

 

 

 

 

その時、扉が開く音がした。

 

 

立っているのは…あの高身長からして、おそらくヴォルクだろう。

 

 

 

 

「…邪魔したな」

 

「ちょちょちょ何を誤解してるのか知らないけど違うから!違うからァ"!」

 

 

ぼそりと言ってくるりと踵を返そうとするヴォルクを、俺は慌てて引き留める。

 

 

暫くその場から動かずにじっとしていたヴォルクだったが、やがてこっちに近付いて来て。

ベッドにどっかりと腰掛け、無造作に水と…薬?をカバンから取り出して俺に寄越した。

 

 

 

そして、衝撃の一言を口にする。

 

 

 

「まさかぎっくり腰とは」

 

 

GIKKURIGOSI?

 

 

「…今なんと?」

 

「ぎっくり腰」

 

「誰が?!」

 

「お前が」 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

………ファ"ーーーーーーー!!!!

 

 

 

 

 

「嘘だ嘘だ!俺は認めんぞ!

 ぎっくり腰なんておじーちゃんおばーちゃんがなるものだろ?!」

 

「若くてもなる時はなる。それは偏見だ」

 

 

 

 

泣きたい…

 

 

 

無性に泣きたい…

 

 

 

 

「早くそれを飲め。いつまでも寝ていられたら迷惑だ」

 

薬を一瞥して吐き捨てたヴォルクに、

 

「すいませんね好きで寝てる訳じゃないんですよ…」

 

と返し。

 

 

薬を手に取って、俺は固まった。

 

 

「どうした」

 

「寝ながらじゃ薬飲めない…水が顔にダイレクトアタックしたら大惨事…」

 

「起き上がれよ」

 

「無理…腰痛いもん…」

 

 

侮蔑の視線送るの止めてヴォルクさん。

 

 

 

 

「助けてー」

 

 

 

「………………」

 

 

 

………ん?あれ?なんか、ヴォルクの様子がおかしい…?

 

眉顰めて、めっちゃつらそうな顔してる。

 

 

 

「どうかした?」

 

 

…………いや…別に、何も」

 

 

 

明らかに何かあるやん。

 

 

 

「めっちゃ気分悪そうだk「何でも無いと言っているだろう」

 

 

あ、これは触れちゃいけない話っぽい。

マジギレ寸前のトーンな気がする。

 

 

「…そっか。なら良いけど」

 

 

早々に切り替えると、ヴォルクは何処かホッとした様に口を開いた。

 

 

「で、どうしてやれば良いんだ」

 

「座るのを支えてて欲しいなー」

 

「介護か」

 

「孫よ…」

 

「お前の様なじじいは知らん」

 

「そんな事言わずに」

 

 

 

 

じーっとつぶらな瞳で見つめる事数十秒。

 

ヴォルクは盛大な溜息を吐いた。

 

 

 

「随分早く折れたね」

 

「…そういう視線はやめろ」

 

 

 

もしやこいつ。

 

 

子猫の時になんとなーく思ったけど…ははーん。

 

 

 

 

もう一度溜息を吐いた後、ヴォルクは俺の体をひょいっと持ち上げて、

頭を自分の方へ向けさせた。

 

つまり、ヴォルクには俺の背中が見えてるって感じになってる。

 

 

くくくっ…支える為なのか、腋の下に手が差し込まれててくすぐってえ…。

 

 

「ブフッふひひひ…」

 

「早く済ませろじじい」

 

「ごめんって孫。お前は短気じゃのう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬を飲んだ俺は、すっかり元気百倍になった。

 

成程、これは語がはしゃいだのも頷ける。

 

 

だって…

 

 

めっちゃ体が軽いんだよねやっほーう!

今なら何でも出来る気がするっ!!

 

 

飛び跳ねて遊んでたら、ヴォルクが

 

「じじいからガキになったな。おめでとう」

 

という皮肉をプレゼントしてくれたので、

 

「おかげ様で若返りましたー!」

 

と返した。

 

 

ふんっと照れ臭そうにそっぽを向いた彼に訊ねる。

 

 

「ところでリヴとイリーナとアリアさんは?てか此処何処?

 それと、俺が気絶した後何があったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルクが面倒臭そうに説明して下さった事をまとめるとこんな感じ。

 

 

1、リヴが俺を担いでこの部屋(図書館内にあった休憩所)に運んでくれた

 

2、休憩所は一つしか無事な物が無かったので、

  探索を終えたメンバー(語除く)は車の中で休む事に

 

3、ぎっくり腰のままでいて貰っては今後の活動に支障が出るので、薬を作って持って来た

 

 

 

 

 

 

「俺は戻って寝るつもりだが、お前はどうする」

 

「んー、俺も行く。一人だけベッドってのも悪いし」

 

 

難なく語を背負った俺は、再び口を開く。

 

 

「わざわざ有難うなーヴォルク」

 

「別に」

 

 

小声で続けられた、友達だからな、という言葉を俺は聞き逃さなかった。

 

 

「何笑ってるんだ、気持ち悪い」

 

「べっつにー?」

 

 

知らない振りをしながら、俺はドアノブに手を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、すげえ」

 

 

図書館を出て空を見上げると、星が瞬いていた。

 

電気という電気が無くなって、ビルとかも無くなって…

地上から光が消えたからなのか、尚更思うんだけどさ。

 

 

凄く、綺麗。

 

 

…どうしよっかなぁ。

 

寝ようと思ってたけどぶっちゃけ眠くないし、星でも眺めてようかな。

なんかロマンチックだよねそういうの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レッド号(改)のドアを開けて、語を車のシートに座らせる。

  

その最中、リヴとイリーナが目を閉じてる事に気が付いた。

 

 

ヴォルクに聞いたら、節電の為にスリープモードになってるらしい。

 

便利だなー。

 

 

 

 

 

 

 

「ねね。確か、この図書館って屋上みたいなの無かったっけ」

 

 

一仕事終えて、ヴォルクに訊ねる。

 

すると、それらしき物が確かにあったな、と返ってきた。

 

 

「お前、其処に行くつもりか」

 

「ご名答っ!散々寝たから、あんまり眠くなくってさ。星でも眺めようかなって」

 

「そうか。風邪引くなよ」

 

「お気遣いありがt「馬鹿だからそもそも風邪引かないか」ちょっとお"?! 」

 

 

 

ちくしょー!!とことん人を馬鹿にしよって!!!

 

 

 

……………………。

 

 

 

……あ、そうだ。

 

 

 

「せっかくだし、一緒にどう?」

 

 

何気無く声を掛けたら、ヴォルクはサイドカーへ向かう足を止めて。

 

「一人だと心細いのか」

 

呆れた様な声色でそう言った。

 

 

「え、えー???いや…別にそういうのじゃないよ???

 何となく…こう…誰かと気持ちを共有したくてー…みたいなー?」

 

「…」

 

「…」

 

「………………

 

「…ヴォルクさん?」

 

 

謎の無言に耐え切れず沈黙を破ると、彼は気不味そうに口を開いた。

 

 

「…屋上へ行くとしたら、俺の体力では時間が掛かる」

 

「大丈夫大丈夫、ゆっくり行けば良いじゃん。どうせ夜は長いし」

 

「俺はお前と違って昼寝してないんだが」

 

「ひゅー…ひゅー…」

 

「急に呼吸困難になったな」

 

「口笛のつもりでした」

 

「聞き苦しい」

 

「酷い。お手本どうぞ」

 

「簡単だそんなの………………ひゅー…」

 

「うわー呼吸困難d「本気で呼吸困難にしてやろうか」あはは冗談だよあはは」

 

 

サイドカーを離れてスタスタとこっちに向かって来たヴォルクのデコピンを喰らった後、

俺は彼の白衣の袖を掴んだ。

 

 

「ヴォルクさん捕獲ー!!さあ行きましょうかっ!」

 

「強制連行じゃないか」

 

「うん」

 

「即答…」

 

「ドン引かないでよ良いじゃん良いじゃん」

 

「一人で行けよ」

 

「こんな真っ暗闇で静かな建物に一人で入れる訳ないでしょ??」

 

「やっぱ心細いんじゃないか」

 

「てへ!バレちった☆」

 

「寒っ」

 

「酷っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だかんだで付いてきてくれたヴォルクに感謝しつつ

…いや、正直に言うと逃げられない様に腕をホールドしてる完全無理矢理状態なんだけど…

真っ暗な図書館を歩く。

 

 

「めっちゃ暗い…」

 

「夜だからな」

 

「いや、それにしても暗くない…?」

 

「明かりも何もないからな」

 

「そ、そうなんですけども」

 

 

意図せずブルブル震えると、ヴォルクは呆れた様に溜息を吐いた。

 

 

「…お前そんな調子でよく今までやってこれたな」

 

「ケモノが闊歩してたから必死だったんだよ!!気にしてる場合じゃなかったの!!」

 

「はいはい」

 

「信じてないな…ぐ、ぐぬぬ…!」

 

 

 

…あ、階段だ。

 

 

 

「屋上行くには、これ使うしかないよね?」

 

「だろうな」

 

「途中で崩れてたりしない…?」

 

「俺が昼間見た時は普通だったぞ」

 

「そ、そっか。じゃあ行きましょ」

 

「足元に気を付けろよ」

 

「そっちもね…」

 

「おい、もうちょっと腕の力緩めろ。痛い」

 

「ご、ごめんつい力んじゃって…ふんぬッ!!」

 

「緩めろと言ってるだろうが!!」

 

「見えないと怖くて仕方ないんでs…のわぁ"?!」

 

 

な、なになに?!頭になんか乗った!!

 

 

「…良いから落ち着け」

 

 

あ、ヴォルクの手か!!ガシガシ撫でられてる!!

 

 

「全く。最初から一人で来る気なかっただろお前」

 

「そ、そんな事ないのじゃ…」

 

 

言った途端、スッと手が離れた。

 

同時に冷たい一言が降り注ぐ。

 

 

「じゃあここからは一人で行けじじい。俺は戻って寝る」

 

「わああああ"嘘です嘘です置いてかないで孫ぉ"!!

 お願いだからああああああ"!!」

 

 

ガチ泣きで訴えたら、冗談のつもりだったらしくヴォルクはフッと鼻息を漏らした。

 

そして。

 

 

カバンの中から懐中電灯を取り出した。

 

 

 

 

 

…え?

 

 

 

 

 

 

「ナ、ナゼ…ナゼサイショカラツカッテクレナカッタノ…?」

 

「片仮名で喋るな読みづらい。

 少しでも電池を節約しようと思ったまでだ」

 

 

ズビッと鼻を啜ったら、汚いと吐き捨てられた。

 

かと思えばティッシュを渡してくれた。

 

 

何、この飴と鞭。

あれかな。ツンデレってやつなのかな。

 

まあいいや…有難く使わせて頂こう……………ズビ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルクの体力の関係で、ちまちまちまちまと階段を上がって。

 

屋上に着いた頃には、すっかり深夜になっていた。

 

 

 

 

「わ、わぁーーーーーーー…!!」

 

 

 

満天の星空に、思わず感嘆の声を上げる。

 

両手を空にかざしたら、まるで星に触れそうな錯覚に襲われた。

 

 

まるでプラネタリウムの実写版!凄い!テンション上がる!

 

 

 

広い屋上で一人はしゃいでると、ヴォルクが疲労感が伝わってくる声色で 

 

「満足か」

 

と声を掛けて来た。

 

 

「うん、大満足!本当に有難うね!」

 

 

満面の笑みで返したら、彼はやれやれと言いたげな顔で懐中電灯を切った。

 

途端に真っ暗になったけど、テンションが上がってるからか恐怖は感じない。

むしろ、余計に見えやすくなった光の数々に胸が高鳴ります。

 

 

………………………。

 

 

…………あ、やっぱ怖い☆

 

 

壁に寄り掛かって座ってるヴォルクの隣にしれっとお邪魔する。

すると彼は不服そうに口を開いた。

 

 

「…疲れているのに運動させられたせいで眠気が霧散してしまった」

 

「ええ…ご、ごめん…」 

 

「まあ、こうなっては仕方がない」

 

「ヴォルクさん、心広い!」

 

「……はあ」

 

 

 

…あ…また溜息吐かれた…。

 

なんつーか俺、溜息吐かれ過ぎじゃ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、何故わざわざ俺に同行させたんだ」

 

 

腕を組みながら星を観賞していたヴォルクが、ふとそう訊ねて来た。

 

理由と言ったら、そりゃ勿論。

 

 

「こんな真夜中に女性を同行させるのは漢としてアレじゃん?」

 

「まあ一理ある」

 

「それに、格好悪いとこ見られちゃうじゃん?」

 

「確かに酷かったな」

 

 

 

…………否定されなかった事に文句を言えない自分が悲しい…とりま話題変えよう…。

 

 

 

「…今日の事もそうだけど、ヴォルクが居てくれて良かったよ。

 同性が一人でも居ると、なんか気が楽でさ」

 

「異性だらけは苦手という事か」

 

「そ、そりゃあ……うん。気遣わないといけなかったりするし。

 お前はリヴやイリーナと一緒だったろうから、そういう考えが不思議かも知れないけど」

 

「…まあ、不思議ではあるな。

 しかしそれよりも、リヴやイリーナ以外の誰かと行動する事の方が、俺の中では不思議だ」

 

「嫌?」

 

「悪くない」

 

「そっかあ」

 

 

 

ふふふ。即答か。

 

なんか嬉しい。

 

自分が認められたみたいで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばさ。氷室凪彦って人知ってる?」

 

 

何となく、研究所に着いた時に聞きそびれた事を口にする。

 

 

するとヴォルクは、驚いた様に。

 

「知っているも何も俺の恩人だ。

 お前、科学に通じてる訳では無いだろうに…何故、彼を知っているんだ」

 

「俺のじーちゃんなの」

 

「は?!」

 

予想以上に反応デカいな?!君こんなに声量あったんだね?!

というかそこまで意外?!?!

理由聞かない方が幸せな気がするーーーーー!!!

 

 

「正しくは、義理の。だけどね」

 

「…そうか。お前にも色々あるんだな」

 

「うんー色々あったんだよー。聞く?」

 

「暇潰しには丁度良さそうだな」

 

「俺の過去が暇潰し扱いに~~~!」

 

 

 

俺の過去って決して良い物じゃないし、面白くないし、

誰かに話そうと思った事なんて無いんだけどね。

 

何でだろう。ヴォルクには話しても良いかなって気持ちになった。

 

 

……違うな。

 

 

 

知って欲しい、って気がした。

 

 

 

本当…自分でも分かんないけど。

 

 

 

 

 

 

「あ、俺の話が終わったら、ヴォルクの事も教えてくれな」

 

「交換条件という事か?特に語って聞かせられる様な人生を歩んではいないのだが」

 

「えーそんな事ないでしょー天才科学者の人生とか興味深いよ?」

 

「…まあ、別に良いが」

 

「良いんだ」

 

「フェアじゃないからな」

 

「律儀ね」

 

 

 

暗闇は怖い筈なのに、自分が今凄くリラックスしてる事に気付いて、

友達効果のすさまじさを実感した後。

 

 

「俺がお前の昔話を聞きたいのは、交換条件とかじゃなくて、単に知りたいからだよ。

 友達として」

 

 

と一言伝え、自分の過去を語るべく、また口を開いた。