六片目:Driving


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、アリアさんを先頭にぞろぞろと歩いております。

 

 

デパートから1キロも無いくらいの場所に止めてあるっていう彼女の車へ向かっている最中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざっと200mは歩いたかなあ。

 

 

と、そんな時。

 

イリーナに支えられながらヨロヨロと歩いていた最後尾のヴォルクが、息も絶え絶えに。

 

 

「そろそろ…休憩を…「「「え?」」」

 

 

後ろを振り返った俺と語とアリアさんの声が重なる。

 

 

向こう側にデパートが普通にドーンとそびえ立っているのが見えた。

 

 

 

「嘘だろお前…え、ちょ、早くね?冗談だよな?」

 

 

半信半疑で訊ねたら、それを無視してヴォルクはさっさと近くの瓦礫に腰を下ろしてしまった。

 

…それが彼なりの答えのつもりらしい。いや、答える元気すら無いのかもしれない。

 

 

 

アリアさんの方を見ると、額に手を当てながら首を横に振られた。

座られてしまっては流石にどうしようもないんだろう。

 

それは俺も同じだ。

体力に自信あるとはいえ、190cm近い巨体を引きずって歩く訳にはいかん。

 

 

 

「はかせ、運動とか全然してこなかったから体力が壊滅的にないのよね…すっかり忘れてたわ…」

 

 

リヴが光を無くした目で、乾いた笑いと共にそう言った。

それを聞いた俺と語とアリアさんは、棒読みでそれぞれ言葉を漏らす。

 

 

「ソウナンダ」

 

 

「ソレハタイヘンナノネ」

 

 

「コマッタワネー」

 

 

お先真っ暗感が漂う中、俺はイリーナに背中を擦られながら肩で息をしているヴォルクに訊ねた。

 

 

「どのくらい休むつもりなのでしょうか」

 

「あと5分…いや、せめて10分」

 

「歩いた時間より多い上に言い直した時間が二倍に伸びてるのはどういう事なんですか」

 

 

 

むむ…。

 

なんとか休憩時間を短縮しないと、いつまで経ってもアリアさんの車に辿り着けない。

ちょっと歩いて倍休憩なんて繰り返されたら耐えられん。

 

 

ここは一つ、説得を試みよう。

 

 

「ねえ知ってる?休み過ぎると逆に疲れるっていう説があるんだよ!」

 

「それは知ってる」

 

「じゃあ歩こう!」

 

「知っていたとしても、それを信じて実行するかどうか決めるのは俺だ」

 

「やたら格好良く聞こえるけどそれただ動きたくないだk…顔を背けるな耳を塞ぐな!」

 

 

 

わーーい説得しっぱーい!!!

 

 

…どうしたものか。

 

 

 

 

内心頭を抱えていると、語が俺の腰をポンと叩いて来た。

 

 

「もう良いんだよサクラ…休ませてあげよう…」

 

 

………………………………………………………………………。

 

 

 

…………………………………。

 

 

 

………………………。

 

 

 

……。

 

 

 

「そうだな…」

 

 

 

顔を見合わせて盛大に溜息を吐いた俺達の横を、リヴがズンズンと通り過ぎて行く。

 

 

 

ん?どうしたんだろ。

 

 

 

「はかせ!皆に迷惑掛けちゃ駄目でしょ!!」

 

「仕方ないだろう…」

 

「仕方なくないわよ!立って!さあ立ってはかせ!はかせならいける!頑張れはかせ!」

 

「無理だ」

 

「ネバーギブアップ!!諦めたらそこで試合終了かしら!!」

 

「お前元気だな」

 

「元気はリヴのアピールポイントの一つだからね!

 …ってそんな事はどうでも良いのよ、もー!!」

 

 

 

黙って見守っていると、何がどうしてそうなったのか俺にはさっぱり分からないけれど…

 

リヴは嫌がるヴォルクを無理矢理お姫抱っこして戻って来た。

 

ヴォルクの長い髪が地面に付かない様になのか、

イリーナが苦笑しながら彼の髪を丁寧に持っている。

 

さながら結婚式の花嫁のヴェールを持つ係みたいだ。

 

 

 

「お待たせしたかしら!最初からこうすれば良かったのよね!」

 

 

 

自分よりもデカい成人男性を軽々持ち上げて歩くとか、リヴすっげえ…。

っていうかアンバランス過ぎてなんか笑えて来るぞ…くっそ…

 

 

……………………………………………………ぷぷっ。

 

 

堪え切れなくて声を出して笑ったら、つられたのか語とアリアさんも面白そうに笑った。

 

どんよりとした空気が一気に明るくなる。

 

 

 

「笑うな!!」

 

 

真っ赤な顔でそう叫んだヴォルクは、その後リヴに抗議した。

 

 

「降ろせリヴ!自分で歩ける!」

 

 

ところが残念彼女は首を横に振り、容赦なく一言。

 

 

「どうせさっきの繰り返しに決まってるわ。大人しくしてて頂戴」

 

 

ヴォルクは沈黙した。

 

 

そしてカバンで顔を隠した。

 

 

 

正直、何処を隠そうがもう手遅れだと思う。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく数十分後。

 

 

リヴのおかげでスムーズに移動が可能になったので、無事に着きました。

 

 

 

 

 

 

 

アリアさんの車は、真っ赤なオープンカーだった。

 

 

自分の愛車に近付いた彼女は、ぐるりとそれを一周しながら言う。

 

 

「うん、壊れてなさそうね」

 

 

その言葉の通り、何処かへこんでいる訳でもなくパンクもしていないみたいだった。

 

 

 

…でも。

 

 

 

「どう頑張っても四人乗りだぞ」

 

 

リヴから解放されたヴォルクが、腕を組んでそう言う。

 

 

 

そうなんだよなあ…それなんだよなあ…。

 

何処からどう見ても定員オーバー待ったなしなんだよね…。

 

 

 

「まあまあ、貴方の腕ならどうにか出来るでしょ?」

 

「馬鹿を言え。俺が何とか出来ると言ったのは、ガソリンの問題だけだと思ったからだ」

 

「そ、そんな…」

 

「そこら辺のワゴン車を改造した方が手っ取り早い」

 

 

 

まあ、そうなるよね。

 

二人新たに乗る為に改造するよりは、手間も時間も省けるし。

 

 

 

…だが。

 

 

「レッド号…高かったのに…」

 

 

しゃがみ込んだアリアさんが、涙声で残念そうに呟いたので。

 

 

どうにかしてレッド号を改造する様に仕向けさせたいと思います。 

アリアさんにはお世話になってるし、何らかの形でお礼をしたいから。

 

 

 

うーんうーん…何かヴォルクをその気にさせる出来事とか無かったっけ……

 

 

…………………………………

 

 

…………………

 

 

 

………あ、そうだ。

 

 

 

 

「リヴを助けてくれたのは、アリアさんとレッド号なんじゃなかったっけ?」

 

 

ヴォルクの肩がピクリと動く。

 

 

「アリアさんに助けて貰ったってリヴは言ってたし、ヴォルクは製作者だろ?

 お礼って事で、レッド号を改造してやったら良いんじゃないかな」

 

 

苦虫を噛み潰した様な顔をしながら呻いたヴォルクに、

俺と同じ事を思っていたのかリヴが追撃する。

 

 

「そうよ!このままアリアとレッド号を引き裂くなんてあんまりだわ!

 リヴはレッド号の懸命な活躍のおかげで今此処に居るのよはかせ!」

 

 

「サクラ君…リヴ…!」

 

目元に涙を浮かべたアリアさんが、目を輝かせながら俺とリヴを交互に見て来た。

 

 

 

えへへ…アリアさん美人なだけじゃなくて可愛い所もあるんだなあ…

 

よーし、頑張るぞい!!

 

 

 

何やら葛藤しているらしいヴォルクに止めを刺すべく、

俺は口元を手で隠しながら言う。

 

 

「もしかしてお前…上手く出来る自信が無いのか?」

 

 

すると。

 

この如何にもというかあからさまな挑発に、見事ヴォルクは引っ掛かってくれた。

 

 

「そんな筈無いだろう。

 見てろ、二度と減らず口を叩けなくなる程の物にしてやるからな…」

 

 

 

工具箱片手にレッド号に向かって行くヴォルクと彼の後ろを付いて行ったイリーナを眺めながら

心の中でピースサインをしていると、リヴと一緒にアリアさんに抱き締められた。

 

 

「二人のおかげよ、本当に有難う!」

 

「本当の事を言っただけかしら!こっちこそ助けてくれて有難うね、アリア」

 

「リヴ…!!」

 

「アリア~!!」

 

 

 

…あっれれーーーーー?!

同じ腕の中にいる筈なのに取り残されてる感があるぞ!!どういう事だ!!

 

 

アリアさんの背に回すタイミングを逃して行き場を無くした腕を宙に浮かせながら、

俺は脳内で虚しく絶叫するのでした。 

 

ペロキャン舐めながら呆れた様にこっちを見て来る語の視線が痛かったです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

 

ヴォルクがレッド号(改)を背にドヤ顔で言った。

 

 

「出来たぞ」

 

 

俺と語、リヴ、アリアさんの歓声が上がる。

 

 

 

 

レッド号(改)は、元々の本体の両横にサイドカーが取り付けられていた。

 

 

「ガソリンの代わりに太陽光を使う様に改造した。充電も出来る。それから…」

 

 

得意気にヴォルクがポイントを語っている中、

語とリヴがわーっとレッド号(改)に乗り込んで行った。

 

 

俺の話聞けよ…みたいな目で二人を見送ったヴォルクの手を、アリアさんが握って

 

「有難うヴォルク!レッド号もきっと喜んでるわ!」

 

心の底から感謝の気持ちで一杯だというのがこっちにまで伝わって来る様な笑顔で言った。

 

 

「そ、そうか」

 

 

流石にここまで感謝されて悪い気はしないらしく、ヴォルクも嬉しそうにしていた。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

安全の事を配慮して、頑丈な造りになっている本体に女性陣が乗る事になった。

 

 

という訳で、俺は右側のサイドカーに乗り込んでいるんだけど…

正直サイドカーとか初めて乗ったのでワクワクしてます。

 

 

 

 

搭載されたスピーカーから、女性陣(主に語とリヴ)の声が聴こえて来る中、

ヴォルクが(多分ドヤ顔で)言う。

 

 

『運転は車が勝手に行う様にしたから、楽にしてくれていて構わない。

 シートベルトは締めたか』

 

 

俺達がはーいと合唱すると、ヴォルクは(おそらくドヤ顔で)宣言した。

 

 

 

『よし、出発するぞ』

 

 

 

自動で運転とか、凄い技術だなあーと感心していると、機械的な棒読みが流れた。

 

 

『コレヨリ運転ヲ開始シマス』

 

 

直後、エンジンが掛かりレッド号(改)が動き出す。

 

自然と歓声が沸き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サクラ、これで分かっただろう。俺に不可能は無いと』

 

 

俺にだけに聴こえる様にマイクを弄ったらしいヴォルクが(きっと絶対ドヤ顔で)訊ねて来た。

正直ここまでやるとは思ってなかったので、素直な賛辞を贈る。

 

 

「ヴォルクさんマジすげーっす!マジリスペクトっす!」

 

『…ふん』

 

 

あ、満足したっぽい。相変わらずちょろい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

あれ。

 

 

何かおかしいぞ。

 

 

 

 

 

出発から一分も経ってないだろうけど、俺は明らかな異変を感じ取った。

 

 

 

 

スピードが。ヤバイ。

 

 

 

生じるGで座席に押し付けられながら俺は叫んだ。

 

 

「ヴォルクこれ何キロ出してんだよ?!」

 

 

150キロだが。ああ、今155キロに差し掛かった

 

 

ふぁーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

「馬鹿野郎!!!今すぐスピード落とせこの爆走魔!!!」

 

 

『このままなら一時間で着くのに?』

 

 

「このままなら一時間で着いても!!!!!」

 

 

必死に懇願すると、ヴォルクは渋々了承した。

 

 

 

 

 

 

 

しかしスピードが緩まる気配は無い。

 

 

 

 

 

嫌な予感しかしない。

 

 

 

 

 

 

「おい、どうした」

 

『壊れた』

 

 

 

……………………………………………

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

………んんー???

 

 

 

「…ワンモアタイムプリーズ」

 

 

『壊れた』

 

 

 

瞬間。

 

 

 

ヴォルクとイリーナを除く大音量の絶叫が車内に響いた。

 

 

 

 

「ふっざけんなうわああああああやだやだやだ死にたくないいいいいいいい!!!!」

 

『わああああああああああああああああ心中なんて嫌なのねーーーーーー!!!!!!!!』

 

『いやあああああああああああはかせのおっちょこちょいいいいいいいいい!!!!!!!』

 

『レッド号!!正気に戻ってレッド号!!!お願いよ!!!!レッド号ーーーーーー!!!!!』

 

 

『お前ら落ち着け』

 

「落ち着いて居られるかってんだよ!!

 建物にでもぶつかったら木っ端微塵だぞ?!」

 

 

そうだそうだ!!という同意の声が聴こえる中、イリーナが言った。

 

 

『障害物を自動で避ける機能を付けてありますから、その心配は無いのです。

 ですよね、はかせ?』

 

『ああ』

 

 

 

…………………………………。

 

 

…………………よ、よ、良かった~~~~~~~~~!!

 

 

…ぐすん。

 

 

 

妙にヴォルクとイリーナが落ち着いてたのはそれが原因か。

 

 

 

スピーカーからの喧騒が次第に収まっていく中

 

「スピードがめっちゃ出るってだけなんだな?故障したのは速度の何かだけなんだな?」

 

と、念の為確認したら。

 

ヴォルクは、そうだと短く答えて。

 

その後、楽しそうに呟いた。

 

 

『丁度手頃な物があるな』

 

 

「は?」

 

 

 

前を見ると、大きな建物の残骸があった。

 

 

 

だというのに車は避ける気配を全く感じさせない。

 

ぐんぐん進んで行く。

 

 

 

「おいおい本当に大丈夫なのかよ?!?!」

 

 

ぶつかる!!と目を瞑った瞬間、とんでもない重力が体に掛かった。

 

 

レッド号はスピードをそのままに、

障害物の手前で直角90度に軌道を変えたのだ。

 

 

成す術も無くサイドカーの側面に叩き付けられ…そうになったけど。

 

シートベルトが助けてくれた。

 

 

よい子の皆~~!!

 

シートベルトは命を守ってくれる大事な物だぞ、ちゃんと締めような!

俺との約束だよっ!!

 

 

 

…それにしても避けられる事は分かったけど、到着までこれが続くと思うと心底萎える。

 

果たして(精神的に)生きて到着する事は出来るのだろうか…。